上 下
342 / 443
番外編 アール編

アール編 10

しおりを挟む
 心室中隔欠損症の手術自体は、そう難しいものではない。
 それでいてアンドルゥが手術をせずに放っているのは、アンドルゥ自身が言ったように、手術が必要ではない状態なのか、それとも必要なのに拒んでいるのか……。いや、きっと、そうなのだろう。アンドルゥは、術後、通常の生活に戻れるまでの数カ月が惜しくて、手術をせずに放っているのだ。
 外科的に胸を開いて心臓を触れば、一週間で元通り、という訳には行かない。リハビリをして普通に歩けるようになるまでの数カ月が、アンドルゥにはもったいないのだ。――いや、その間、放っておけないことが多過ぎる、というべきか。
 何より、階のことが……。
 アールが医学部を卒業するまでには、まだ一年半以上ある。ということは、あと一年半は、手術を受けないに違いない。もし、手術を受けて、その間に階に何かあっては、誰も階の体を診ることが出来ないのだから――。
 もちろん、今は〈XX〉の出生も認められ、階以外の〈XX〉もいるが、それは全てまだ生まれてわずかの乳幼児に過ぎない。階が〈XX〉であることは、これからも隠し続けて行かなくてはならないことなのだ。
 なら、アールが階を診られるようになるしか、ない。まだ先の医師免許よりも、実際の医療が必要なのだ。それを教わるために、昨日、アンドルゥに十六夜のメディカル・センターに連れて行かれたというのに、アールはほとんど集中して学ぶことも出来ず、オスカーと階の間の心で、揺れていた……。
「――医学部は必ず首席で卒業します」
 今日はもう、いつも通りに朝食に姿を見せているアンドルゥに、アールはその強い決意を口にした。もちろん、いつも通りとはいえ、アンドルゥへの抗生剤の点滴は、数日間は続けないといけないのだが。
「それで? オスカーとは別れるのか?」
 アンドルゥの言葉に、
「え?」
 と、食事の手を止めたのは、階だった。
「どういうこと? オスカーって、アールの婚約者だよね? ランドール上院議員の息子の――」
 と、アールの方へと視線を向ける。
「彼とはきちんと話をします。もう、彼にいい顔をして、無責任になろうとも思わない。ぼくが彼に望んだのは、そういう結婚だったのですから」
 そう――。優しい顔をするだけが、相手を思いやることではない。自分の本当の気持ちを伝えなくては、オスカーもいつまでもアールに対する態度を決められなくて、どっちつかずの立場になってしまうだろう。
 愛すればいいのか、無視すればいいのか、それすらも判らないままに――。
「刺された時は早めに連絡しろ。みっともなくて病院に行けないだろうから、縫合ぐらいはしてやる」
「……縁起でもないことを言わないでください」
 アンドルゥが言うと冗談に聞こえないから、タチが悪い。
「アール……」
 階が、あの時の言葉を思い出したのか、
「じゃあ、最後に、って言ったのは……」
「やっぱり、君が好きだ、フェリー。イートンの頃から、ずっと――。最後にできそうにない」
 その言葉に、階の顔が真っ赤になった。
 そういえば、階にこうして告白するのも、もう何度目になるだろうか。
「日本語で告白するのは初めてだよね? 新鮮だった?」
「……保護者の前でしないって、普通」
 困った顔で、アンドルゥの様子を盗み見る階の顔は、この場で抱きしめてしまいたいほどに、愛らしかった。
「さっさと朝食を済ませろ。学生気分で遅刻をするつもりか」
 そんなアンドルゥの叱責も、今日は汗をかかずに聞いていられた。
 やはり、どちらにも幸福を、などと、都合のいいことを考えるから、そこからひずみが生じてしまうのだ。悪者になって嫌われても――アンドルゥほど悪役に徹することは出来ないが――優しくする方が楽であろうと、それをしてはならない時もあるのだから。
 もちろん、人に嫌われて辛くないはずがない。それでも、大切なものを守れなくなってしまうよりは――その辛さよりは、耐えていられる……。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

俺のセフレが義妹になった。そのあと毎日めちゃくちゃシた。

ねんごろ
恋愛
 主人公のセフレがどういうわけか義妹になって家にやってきた。  その日を境に彼らの関係性はより深く親密になっていって……  毎日にエロがある、そんな時間を二人は過ごしていく。 ※他サイトで連載していた作品です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...