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番外編 オックスフォード編
オックスフォード 3
しおりを挟む荷物が届いた、と連絡があり、取りに行くと、それはまた重い本やレポート、論文を詰めた、アンドルゥからの届け物だった。
「手伝うよ。重いんだろ?」
階が言うと、
「一人で持てるさ」
と、アールは軽々と持ち上げて、
「整理の方を手伝ってくれるとありがたい。増え過ぎて片付かないんだ、本が」
と、天を仰いで、肩を竦める。
部屋に入ると、確かに本やレポート、論文の類が、机や棚に積み上げられ、どこに何があるのかすら、判らない。
「なかなか手を付けられなくってさ。――悪いな」
取り敢えず、今日届いた段ボールは床に置き、棚の整理から始めることにする。
だが、机と棚の間に置かれた段ボールが、行き来するのに少し邪魔で、階は部屋の端に寄せようと、その段ボールを持ち上げた。が――。
――重い!
アールは軽々と持っていたというのに、本ばかりが詰まったその段ボールは、そう大きなものでもないのに、階には、部屋の端に持って行くのが精一杯だった。
やはり、力が全く違うのだ。
もしかするとアールは、その力の違いを知っていて、すぐに手を上げる階に何もないよう、いつも一緒にいてくれているのだろうか。イートンで、エリックがいつも階をかばっていてくれたように……。
棚を整理して本を並べ、机の上を片づけると、二人は一息つくように椅子とベッドに腰を下ろした。
一緒にベッドに腰を降ろさないアールの気遣いも、今なら、誰にでも出来るような優しさではない、と知ることが出来る。
階は、そんな優しいアールが、自分以外の人間の手を取ろうとしていることに、やりきれない思いで胸を痛めた。
「コーヒーを入れようか? ――それとも、紅茶か、冷たいジュースの方がいいかな?」
いつものように、優しい眼差しで、アールが訊いた。
「アールが飲みたいものでいい」
階が言うと、
「じゃあ、のどが渇いたから、ジュースにしよう」
「ぼくが出すよ――」
窓際の勉強机に腰掛けるアールよりも、ベッドに座る階の方が、冷蔵庫に近い。
冷蔵庫、といっても小さなもので、それでも、飲み物を入れておくには充分だ。
「――ビールとミネラル・ウォーターしか入ってないんだけど……」
中を覗き込んで、階が言うと、
「奥の方にないかな?」
と、結局、アールが腰を上げて、やって来る。
「ない――みたい」
そう言って顔を上げると、アールの顔が目の前にあった。もちろん、階が急に顔を上げたせいであって、アールに他意はなかっただろう。それでも――。
唇が触れて、重なった。そうなることを、待っていたのかも、知れない。
アールが、まだ自分を好きでいてくれるのだと知って、少しの安堵が胸を過る。
唇を開き、階は、恋人同士のようなキスを、アールに求めた。――そう。確かに階が求めたのだ。
深く重なった唇から、舌先が心を絡めるように、入り込む。
アールの腕が、階を強く、抱きしめた。しばらくそうして腕に包まれ、今までと違うキスが離れると、
「――何かあった、フェリー?」
と、心配そうに、アールが訊いた。
自分の心を見透かされたようで、階は、カッと頬を染めた。
「別に、ぼくはいいんだけど、拒んでくれないと、我慢できないかもしれない」
「ご、ごめんっ!」
さらに顔が、真っ赤になった。今、階がしたことは、そういう意味を持つものでもあったのだ。
「ぼくは、誘った君の心を信じればいいのかな? それとも、謝る君?」
「……ごめん」
「解ってるよ」
アールは、抱きすくめる階の体を開放し、
「ジュースを買って来る。――あとで話してくれ」
と、ドアの外へと姿を消した。その後ろ姿を見送り、
「ぼくは、自分勝手だ……」
階は、泣きそうになるのを堪えながら、呟きを、零した……。
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