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XX Ⅲ
XX Ⅲ-18
しおりを挟む辛い検査だということは、解っていた。
薄い検査衣一枚のみで、下着も着けず、その屈辱的な形の内診台を見た階は、唇を結んで震えていた。
子宮や膣があるかどうか、卵巣があるか、それらが正常に機能しているのかどうか、染色体異常があるか、脳下垂体の働きは正常か、視診、内診、超音波検査、MRI……十四歳の階には、裸体をさらすだけでも辛いはずだ。
学校生活をしたことのなかった司と違って、寄宿舎生活の中、体は隠すものだ、という意識の中で育ってきたのだ。奔放に、ドクター・刄だけを全てとして、彼に体を診せることを当然として成長した司とは、違う。
「足はそのままでいい……」
不安そうに内診台に横たわる階に、シーツを掛けて、アンドルゥは言った。
この上、内診台の上で、足を開かせて固定するなど、考えただけで息が詰まる。
「――少し話をしよう」
気持ちを落ち着かせるために、傍らに座って、アンドルゥは言った。
「話……?」
声は、可哀そうなくらいに、強ばっている。
「そう。話だ。――君と同じくらいの年の頃……もう十五になっていたかな。僕もやはり第二次性徴が来なくて、父にこうして病院に連れて行かれた」
「アンディが……?」
階には、思いがけない言葉だった。
「僕には生まれながらに染色体異常があって、第二次性徴が遅れることに戸惑いはなかったけど、父は、僕に生殖能力があるのかどうか知りたがっていた……」
もちろん、アンドルゥには屈辱的で、到底、受け入れられる検査ではなかった。
だが、精液の採取を拒むと、無理やり診察台に抑えつけられて、採取された。他人の手で刺激を与えられ、精液が採取出来るまで、その屈辱を与えられたのだ。長時間拒否し続けると、後ろから電気プラグを差し込まれて、前立腺を刺激することで、射精を強要された。
「そんな……」
「それから僕は、抵抗をやめた……。そして父も、何度か検査に連れて行って、それでも精子が見つからないと解ると、もう僕を自由にしてくれた」
「アンディ――。そんなこと、ぼくに話さなくてもいいのに! ぼくは自分から検査に来たんだから――」
「階……。僕には、君の辛さが手に取るように解る……。だから今まで――君が決めるまで、何も検査が出来なかった。今でも、こんなことをしていいのかどうか迷っている」
「アンディ……。ぼくは、平気だよ。アンディが必要だと思う検査は、嫌じゃない」
そう言って、階はアンドルゥを抱きしめた。
階に抱きしめられる日が来るなど、アンドルゥには思ってもいないことだった。もうそれだけの年が経っているのだ。あの日から……。
涙に濡れていく感触が、服を通り越して、伝わって来る。
「これだけは約束してくれ。――我慢はするな。辛い時は必ず言え。いいな?」
「うん、解った……」
検査の結果は、数日で出た。
遺伝子異常や、染色体異常、ホルモン異常は見当たらず、子宮や卵巣を始めとする内生殖器にも欠損や問題はなく、皮膚癌はもとより、乳癌、子宮・子宮頚癌……〈XX〉特有の癌を始めとして、その他、疑わしい所見は見当たらない。
きっと、〈XX〉であることを隠して、寄宿舎生活を送っていることでの過度のストレスや、司がそうであったように、第二次性徴が遅い家系のためであるのだろう。
「取り敢えず問題はないが、癌検診は定期的にした方がいいだろう」
その結果を前に、アンドルゥは言った。
「えー……っ」
「ん?」
「あれが一番、痛くて嫌だ」
「まあ……そうだな」
そう言われると、アンドルゥも辛い。性経験のない体に、そんな検査をしなくてはならないなど――。
だが、こうして言ってくれるのなら、痛みを隠して我慢されるよりは、ずっといい。
「一年に一度のことだ。十八歳までに第二次性徴が来なければ、もう一度、一通り検査をするとして――」
「来ないと……いいな。ずっと学寮にいられる」
「……そうだな」
司もこんな感じだったのだろうか。これくらいの年の頃は――。いや、きっと、こんなに子供らしい子供ではなかっただろう。ドクター・刄や菁以外には――極一部の親しい人間以外には、いつも小鹿のように警戒し、いつでも崖っぷちから飛び降りる覚悟をしていた。
「――今、お母さまのことを考えてた?」
不意に、アンドルゥの顔を覗き込むようにして、階が訊いた。
「――。勘がいいな……」
苦笑するように唇を歪め、
「今週中にイートンに戻るか? 来週でも構わないが」
アンドルゥは訊いた。
「……十六夜の、おじいさまは?」
目の前で撃たれるところを見ているのだ。忘れることは出来ないだろう。
「当分、動ける傷ではない。《イースター》で、こちらの出方を待っているはずだ」
「おじいさまは、ぼくが癌を発症せずに子供を残せたら、《イースター》を開放するつもりなの?」
「そんなことはさせない……」
開放、とは名ばかり、恐らくは、上流階級の紳士向けに、法外な値段で売買されることになるだろう。倫理委員会がどれほど急いで規定を定めようと、十六夜秀隆が動く方が早いに決まっている。
一七〇年前、子供の生産を一早く事業にしたように、今度は〈XX〉がその対象になるのだ。
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