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XX Ⅲ

XX Ⅲ-13

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 十六夜のヘリが降りたのは、ロンドンのウォリック伯爵邸ではなく、森の奥に佇む荘園屋敷マナー・ハウスの前だった。所謂、都会から離れた田舎にある、広大な敷地と広さの城である。
「桂も先に来ている。使用人は――二日で何とかする。今日と明日だけ我慢してくれ。ずっと使ってはいなかったが、手入れはさせてあるから不便はないはずだ。欲しいものがあれば、言えばいい」
 そのアンドルゥの言い方に、
「……一緒にいてくれるんじゃ、ないの?」
 階は訊いた。
「そうして欲しいのなら、もちろん、そうする」
「……。今日だけ……。調べに行くんだよね、〈XX〉のこと」
「ああ。エリックが来る週末には戻る。――ここは、クリスと司が初めて出会った城だ。周囲の森も十六夜の敷地で、誰も来ない。きっと気分も落ち着く」
 クリスと、司が――お父さまと、お母さまが……。
 階は、その姿を探すように、冬枯れた美しい景色を見渡した。
 ここで、どんな風に出会ったのか、お互いを見てすぐに惹かれあったのか……アンディも知っているのだろうか。
 ふと、ローレンス・シアーズとのあの出会いが頭を過り、階は白い頬に朱をさした。そして、医務室でのことも思い出していた。
『なら、僕が口説いても問題はない訳だ』
 そう言ったのだ、あの時、ローレンスは、医務室で……。もちろん、エリックと階のことを誤解して、からかうために言ったのだろうが。
「……あの、医務室にいたプラチナ・ブロンドの――」
 アンドルゥが言うのを聞いて、
「え?」
 階は不意を突かれたように、顔を上げた。
 やはり、アンドルゥも、あの時、気付いていたのだ。――いや、アンドルゥが気付かないはずがない。
「いや、何でもない。中に入ろう。体が冷える」
 アンドルゥはそう言って、階を促して、屋敷へ入った。
 桂が何故出て来ないのだろうと思っていたら、忙しそうに屋敷の中を駆けまわっていた。まだ使用人がいないため、窓を開けたり、家具にかけられた布を外したり、階の部屋を整えたり……と、ここに着いてからずっと、そうしてバタバタとしていたらしい。
 それでも階の姿を目に止めると、ホッと安心したように表情を緩め、
「今、お茶をお持ちしましょう。外は寒かったでしょうから」
 と、声をかけた。
「ぼくも手伝おうか? 学校じゃ、下級生がするんだ」
 階が言うと、
「遠慮しておきます。ここにある食器は、どれも皆、高価ですから――」
 と、皮肉げに言い、
「二階の南の寝室が片付いていますから、そちらへ。すぐに持って行きます」
 と、奥の厨房へと消えて行った。
 そして、場所は寝室へと移った。
「横になるか?」
 アンドルゥが訊くと、
「ううん。もう平気だし、何ともない」
 階は言った。そして、
「キス……されたのは、彼だよ。医務室にいた、プラチナ・ブロンドの……」
 と、もうとっくに気付かれているであろうことを、口にした。
「好きなのか?」
「――。考えたこともない……。だって、そんな雰囲気じゃなかったし、ぼくが彼を殴ろうとしたから、その仕返しみたいに――」
「殴る? 上級生を?」
「……」
「解った。もういい」
 頭痛を堪えるように、そう言って、
「ただ、君の体は……」
「うん、解ってる。――検査とか、するの? 第二次性徴が来ないのは、変?」
 階は少し不安げに、首を傾げた。
「いや――、もう少し待とう。まだ急ぐような年じゃない。血液検査だけは定期的に――。倒れた以外に変わったことはないか?」
「うん。悪性黒色腫メラノーマも出来ていないし、体調も普段と変わらない」
「なら、いい」
 本当は検査をしておきたかった。
 だが、遺伝子異常であれ、ホルモン異常であれ、階は女性の体になるための治療は拒むだろう。遺伝子治療やホルモン治療をしてまで、胸の膨らみや月経を望むとは思えない。今の階には、そんなことよりも、学校生活の方が大切なのだ。それならそれで、癌の発症だけに気をつけておいてやればいい。
 しばらくすると桂がお茶を運んで来て、寄宿舎生活での他愛のない話に戻った。
 もちろん、それでも、誰もがあの事件のことを忘れていた訳ではない。突如として、過去からタイムスリップして現れたような、あの〈XX〉の事件のことを――。
 一体、誰が〈XX〉をスウェーデンのフィヨルドの畔に連れて来たのか。
 十六夜の《イースター》から連れ出された〈XX〉でないことは、すでに確認が取れているのだから、そのスウェーデンの〈XX〉が本物であるのかどうかさえ、疑わしい。今は、スウェーデン政府が、その管理下にある機関で保護しているというが……。
 十六夜も、何とかその〈XX〉を十六夜の管理システムの研究施設で生体検査させてもらえないか、と水面下で交渉を続けてはいるが、まだいい返事は返って来ない。恐らく、他の企業や研究施設からも、同じようなアプローチが続いているのだろう。
 十六夜の《イースター》――。あれ以来、無理に新しい生命を誕生させることはやめ、〈XX〉たちの意思を尊重し、癌の発病を抑制するための遺伝子治療だけを続け、その研究に時間を費やしている。《イースター》を存続させることに反対だった司の意思を継ぎ、アンドルゥがそうして来たのだ。
 今、生きて《イースター》にいる〈XX〉たちの生命は守り、治療を続け――地上でのような生活を与えてやることは無理でも、彼女らの意思を尊重し、出来るだけ自由に《イースター》で生きていけるように計らっている。少なくとも以前のように、無理に妊娠させて、子供を作らせるようなことはしてない。
 だが、それなら、何故――。いや、もう、そうとしか考えられない。《イースター》は、彼処だけではなかったのだと……。


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