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XX Ⅲ
XX Ⅲ-5
しおりを挟む「――君は、何故、十六夜にいたんだ?」
以前の、心を失くしていた頃の桂を問うように、アンドルゥは訊いた。
「私は……」
桂が少し言い淀むのを見て、
「いや、話したくなければいいんだ」
「いえ、どこから話せばいいのかと――」
桂はそう言い、
「……沢木の父が汚職で捕まり、もう一人の父、ライオネルが自殺に追い込まれた時、私はまだ大学に入ったばかりでした」
「沢木? 君の父親は、沢木代議士とライオネル上院議員だったのか?」
その事件のことは、イギリスにいたアンドルゥでさえ、覚えている。日本とアメリカの政界が、世界に取り扱われるほど、大きく揺れた事件だったのだ。
「ええ。――私は大学へ通うことも出来なくなり、家も何もかも無くして……そこを、柊様に拾われたのです……」
地獄のような日々だったのだ。――いや、それからの方が地獄だったのかもしれない。柊の情欲の対象として、鞭と恐怖で縛りつけられた、あの日々の方が……。機嫌が悪い時は容赦なく鞭で打たれ、辱めを受け、心を失ってしまうのに、それほど時間はかからなかった。柊の鞭が生殖器を打ち据え、その機能もなくし……そうしてやっと、柊の元から解放された。――いや、柊の情夫として、その寝室で色々な話を聞いていた桂を、たとえ気がふれていたとしても、柊はそのまま手放してはくれなかった。舌を抜かれ、何一つ喋れないようにして、やっと解放されたのだ。
それからは、他の使用人たちのように、庭の掃除や、鯉の世話や……そんな単調な生活の繰り返しだった。そして、ドクター・刄に会ったのだ。
「……そうか」
アンドルゥは、ドクター・刄が司の傍を離れてまで、なぜ桂についていてやらなくてはならなかったのか、今更ながらに、理解した。
「昔のことです。階様のことを考えていると、そんなことなど、どうでもいいことのように思います。あの方だけが、今の私の全てです……」
静かな口調で、桂は言った。心もきっと、その言葉と同じように、静かに落ち着いているのだろう。
それからは、当たり前のように、階の話に戻ってしまった。やはり誰もが、階のことばかりを考えていたのだ。あの頃、司のことばかりを考えていたように……。
「――司もそうだったけど、階も第二次性徴が遅い。その分、長く学寮にいられても、やはり、何か問題があるのでは、と思ってしまう」
アンドルゥは、その心配と危惧を口にした。
まだ胸も膨らみを見せず、初潮も来ない。脂肪で丸みもつかないし、顔立ちも幼さが勝っている。思春期特有の反抗的な部分も見受けられないし――。〈XY〉としては小柄だが、〈XX〉としては、特にそれほど劣る訳ではないというのに……。
一七〇年以上前、Y染色体を持たない女だけが新種の皮膚癌に侵され、地球上から絶滅した。学者たちは、慌ててその癌の原因を探り、それが有害宇宙線と、人間の作り出した突然変異誘発物質によって引き起こされたDNA障害であることが判った。そして、女たちを有害宇宙線の届かない安全な場所に隔離したが、その新種の癌は恐ろしい速さで転移し、遺伝子治療も追いつかないまま、女は地球上から絶滅した。一度浴びた有害宇宙線は、地下や屋内に潜ってからも、その進行スピードを落とさず、女の体を破壊したのだ。まだ一度も外へ出たことのない赤ん坊さえ、母親から受け継いだ異常遺伝子のために、癌を発症して、呆気なく死んだ。
そして、この世は、性染色体〈XY〉の男だけの世界となり、性染色体〈XX〉の女は存在しなくなった。
もちろん、女の姿形をした者は、いる。それは、女が絶滅したから、といって現れた特種な者ではなく、女がいた頃から存在していた性転換した男たちであった。彼らはトルソーと呼ばれ、上流階級では、未だ受け入れられてはいないが、中流階級以下では、そう珍しくもなく受け入れられている。――いや、問題はある。彼らは男としての生殖機能を捨ててしまうため、子供を造ることが出来ないのだ。
だから、女ではなく、トルソー――胴体だけのマネキン人形――と呼ばれている。
階は、今、この地上にいる、唯一の〈XX〉なのだ。もちろん、地下の《イースター》には、他の〈XX〉たちがいるのだが……。
「――なあ、桂。どうやって階の診察をしたらいいと思う?」
目下のアンドルゥの最大の悩みは、この伯爵家を継ぐことでも、十六夜の《イースター》を解決することでも、ましてや自分の結婚のことでもなく……その一つだけであったのだ。
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