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番外編 アンドルゥ編

アンドルゥ編 10

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 十五歳になった春――。
 グレヴィル家での次男に当たるグレアムが、トルソーとの結婚を反対されて、父たるウォリック伯に勘当され、家を出た――その話も含めて、アンドルゥはイートンからロンドンの屋敷へと、強引に呼び戻されていた。
「クリスが家を出た訳でもないのに、どうしてぼくが戻らなくてはならないのですか?」
 少しの不満と、時間の惜しさに、つい、そんな言葉を吐いてしまった。
「どうしてだと? おまえは何も解っていないのか? この家には、もうおまえとクリストファーしかおらぬのだぞ」
 ウォリック伯の言葉も、多分に怒りを含んでいた。
「クリスがいれば充分ではありませんか。ぼくのことは今まで通り、放っておいてくだされば――」
 パシーン――と激しい平手が飛んだ。
「く――!」
「着替えて来い。出かける」
 ウォリック伯はそう言って、アンドルゥの前から翻った。
 打たれた頬に唇を結び、アンドルゥは、逆らうことが出来ない父の威厳に、黙って部屋へと着替えに戻った。
 クリスは抜けられない仕事があるとかで、まだ屋敷には戻っていない。
 だが、きっと仕事ではなく、グレアムの元へ、気遣いに行っているのだろう。そういう優しい人なのだ、クリスは。そして、伯爵家の長子として、いつも損な役割を押し付けられる。アンドルゥでさえ、クリスがいるから、と、面倒なことから逃げ回っているというのに――。
 着替えを済ませて部屋を出ると、
「表に車を回しております」
 慇懃無礼な執事が言った。
 どこに行くのかは知らないが、アンドルゥはウォリック伯と共に車に乗り込み、戻ったばかりの屋敷を後にした。
 クリスの所に行く訳でも、ましてやグレアムの所へ行く訳でもないだろうが、それを聞くことも出来ないままに、二人は無言でシートに座っていた。
 そして、車が止まったのは、ロンドン市内の病院の前であった。
「どなたかの見舞いですか?」
 アンドルゥは、あれから始めて口を開いた。
「いや……。来なさい」
 それだけを言って、ロード・ウォリックは院内を見知った場所のように足を進めた。
 その姿を見るだけで、アンドルゥには、すでに察しがついていた。ウォリック伯の曖昧な答えも、その確信を深めるものであった。
 グレアムが家を出た途端、とは……。ある意味、正直な人間なのだ、ロード・ウォリックも。
 診察室では、すでに医師が待っていた。今は外来診療時間外で、順番を待つ人影もない。恐らく、ロード・ウォリックが強引に、時間外診療を頼んだのだろう。
「息子の検査を」
 それだけの言葉で、医師には通じた。
「では、これに精液の採取を――」
 そう言って医師は容器を差し出し、
「カーテンの向こうに行けばいい」
 と、多感な年頃の子どもを気遣うように、後ろを示した。
 屈辱だった。
 アンドルゥは、きつい眼差しで父親を見据え、
「嫌です。ぼくは検査などしません」
「私は外にいる」
 ウォリック伯はそう言うと、アンドルゥの言葉など聞こえていないように、ドアの方へと翻った。
「お父様――!」
「君が自分で出来ないのなら、私たちが採ることになる」
 腕をつかんで、医師が言った。
「帰ります。手を放してください」
「これは検査だ。検体が採取できるまで帰れない」
 その言葉に、看護師が二人掛かりで、アンドルゥを診察台の上に抑えつけた。
「やめ――!」
 大人の力には、敵わなかった。ズボンを開かれ、医師の手で刺激を与えられることに、アンドルゥは唇を噛みしめた。屈辱と悔しさで、心が張り裂けてしまいそうだった。
「堪えていては、検査にならない」
 医師の手が、さらに強く、前後に動いた。
「頑固だな。――電気プラグを。前立腺を刺激して、射精を促す」
 医師にとっては、仕事なのだ。
「もう、やめ……っ!」
 後ろからプラグが挿入され、電気を流すことによって、前立腺が刺激される。
「く……!」
 普通の体に生まれて来たのなら、こんな思いをすることもなかったというのに……。
 やっと採取出来た精液を見て、
「少ない上に、透明で、水のようにサラサラだ。精子があるかどうかは難しいな」
 医師は、ぽつり、と呟いた……。


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