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番外編 アンドルゥ編
アンドルゥ編 8
しおりを挟む第四学年級になり、十四歳になったアンドルゥは、ソルボンヌ大学で開かれた、遺伝子学会のシンポジウムで、その人物を前にしていた。
週末、外泊許可をもらって訪れた、フランスである。
やっと、十六夜秀隆の前に立つことが出来たのだ。
休憩時間、ホールを出ようとする十六夜秀隆に、アンドルゥは持ってきたレポートを差し出した。
「――これを読んでいただけますか?」
日本語も不自由がないほどに覚えていた。
もちろん、受け取ってもらえるなどとは、思わなかった。傍らに控えるガードらしき人物も、アンドルゥを止めるために、すでに足を踏み出していた。
だが――。
「前にもどこかで顔を見たな。子供が来る場所ではないだろうに」
そう言って、十六夜秀隆は、アンドルゥの差し出すレポートを受け取った。
受け取ってくれたのだ。もちろん、その後は、捨てられるのか、放っておかれるのかは、判らなかったが。それでも、自分のことをどこかで目に止めて覚えていてくれたことと、受け取ってもらえたことだけで、満足だった。
それなのに――。
「これは、君自身のことなのか?」
表紙をめくり、十六夜秀隆は、アンドルゥへと問いかけた。
今、この場で、中身に目を通してくれるというのだ。
「……はい」
アンドルゥは、問われるままに返事をした。
もちろん、アンドルゥが返事をするまでもなく、十六夜秀隆はそんなことなど気付いていただろう。背丈の割に華奢な手足や、まだ第二次性徴も迎えていない少年の声――〈XXY〉を疑うには、充分な要素だ。自然妊娠の時代なら、半陰陽も一〇〇〇人に一人程度の割合で生まれるそう珍しくもないものではあるが、今のこの管理された世界では、それは明らかな培養過程でのミスで、極めて稀な染色体異常であると言わざるを得ない。
通常(二人の親から23本ずつもらい、46本のセットになる)
常染色体 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 性染色体X
常染色体1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 性染色体Y
半陰陽(性染色体Xが一本多い)
常染色体 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 性染色体X
常染色体1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 性染色体XY
わずか一本の性染色体の違いで、アンドルゥの体は、こんなにも頼りないものになってしまったのだ。
もちろん、アンドルゥのような性染色体異常ではなく、常染色体異常で、何番目かの染色体が多かったり少なかったりする者もいる。そのために身体機能や知能に障害が出る者も……。
それからしばらくは、十六夜秀隆もアンドルゥも無言だった。休憩時間の大半を費やし、レポートの三分の一ほどに目を通すと、
「まだ子供だ。荒唐無稽で、裏付けがない」
と、十六夜秀隆は、レポートを閉じた。
アンドルゥはもちろん、落胆した。イートン始まって以来の秀才、などと呼ばれ、充分な自信があったのだ。読んでもらえさえすれば、認めてもらえる、と――。
だが、
「医学や遺伝子工学を学びたいのなら、十六夜の研究室を開放してやろう。このレポートは私が買い取る。値段を言いたまえ」
それが、十六夜秀隆の言葉だった。
「値段なんて……」
思いもしなかったその言葉に、アンドルゥは当然のように戸惑った。自分が普通の学生のように、言葉に窮することがあるなど、考えてもみないことだった。
それほどの人物であったのだ――この、十六夜秀隆という日本人は……。
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