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番外編 司編
司編 19
しおりを挟む口を開いたのは、アンドルゥだった。
「おっしゃったらどうですか、お父様? 僕には生殖能力がないから、アレックスの精子が欲しい、と――」
「え……?」
「僕が先に言い出したんじゃない。あなたが僕に別の婚約者を押しつけようとした時に、おっしゃったんだ。後継ぎはアレックスの精子を使って造ればいい、と――。だから僕は、それなら司と結婚すれば、クリスの子が手元に残る、と言った」
「……」
ウォリック伯は、無言だった。――いや、しばらくして、
「みっともないところを見せてしまったな、アレックス。そういう事情だ。考えておいてくれ」
そう言って、席を立って、部屋を出た。
後には、アンドルゥとアレックスだけが、残された。
とてつもなく気まずい雰囲気である。ウォリック伯爵家の内情に踏み込んでしまった後ろめたさと、アンドルゥの隠しておきたかった部分を知ってしまった気まずさと……。
「――父に何を言われても断ってくれ、アレックス」
アンドルゥが言った。
「そう言われても……まだ事情がよく解らない」
戸惑いのままに、アレックスは言った。
「頼む……」
「え……?」
本当に、今日は何度、驚かされるのだろうか。
あのアンドルゥが、アレックスに『頼む』と言ったのだ。『イートン史上最悪の生徒』と呼ばれ、言葉ひとつで、相手をどうとでも出来ると言われていたアンドルゥが――。そのアンドルゥが、人に頭を下げて、頼むなど……。
「僕はどっちでも構わないけど――。この家に後継ぎがいなくなるのは困るんじゃないのか?」
アレックスは訊いた。
取り敢えず、自分が伯爵家に引き取られる訳ではないと知って、安堵したこともあるし、それと同時に、この伯爵家の行く末を案じない訳にもいかない。結局、後継ぎがいなくて、この先、自分にまた話しが回って来ては困るのだ。
「階が――フェリックスがいる」
アンドルゥは言った。
「でも、あの子は十六夜の籍に入ってるんだろう?」
「僕はまだ若いし、フェリックスが大人になって、子供を作るのを待っても、充分、間に合う。この家は、フェリックスの子供が継げばいい」
「何で、それをロード・ウォリックに言わないんだ?」
「何度も言った。それまで待ってくれ、と――。それでも、あれだ」
「……」
まあ、あのウォリック伯の性格では、そうだろう。世襲貴族に後継ぎがないのは、耐えられないことなのだ。先のことより、今、この場に後継ぎがいなくては、ウォリック伯も安心できないに違いない。
「なら、さっさとあの日本人と婚約でもして、ロード・ウォリックを安心させてやれよ。あの日本人が、グレヴィルの家と縁を切って、フェリックスが離れて行くのが心配なんだよ、ロード・ウォリックは」
「……。解っていても出来ないんだから、仕方がないだろう」
アンドルゥは言った。
「クリスの結婚相手だったからか?」
「関係ない。無理強い出来ないほどに、好きなんだ……」
「え……?」
今日、驚くのは、何度目だろうか。
アンドルゥの口から、そんな言葉が零れるなど、誰が想像しただろうか。そして、これほどにアンドルゥを変えてしまったのは……。
「……解った。断るよ」
そう応えるしかないではないか。これほど素直で、思いがけないアンドルゥの姿を見てしまった後では――。
「助かるよ、アレックス……」
そう言って、安堵する表情も――。
「そういえば、ウィリアムの二番目の子が、おまえと同じ金髪と碧い瞳をしている。エリックっていうんだけど――。将来、フェリックスにどうだ? 年も近いし、おまえによく似た子供が出来る」
この場の雰囲気を変えるように、軽い口調で、アレックスは言った。
ソアー家での一番上の兄、ウィリアムの次男は、まだ七歳だが、優しい性格で、愛らしい。階とも仲良くできるだろう。
その言葉に、アンドルゥは、フッ、と笑っただけ、だった……。
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