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番外編 司編

司編 3

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 翌朝、目を覚ますと、時計はすでに昼に近い時間を指していた。
 十六夜本社ビルの最上階を占めるペントハウス――そのベッドの上である。
 よく眠った充足感が、ある。
 裸ではなく、寝衣を着ていた。
 ――いつの間に着て、眠ったのだろうか……。
 隣に、刄の姿は、見当たらなかった。――いや、もし、まだそこにいたとしたなら、それは、感情に流され、愚かに堕ち続ける時なのだろう。
 そして、今はまだ、その時では、ない。
 その時はきっと、二人とも、死すら覚悟した最後の時であるはずなのだから……。
 少しすると、刄が寝室へと姿を見せた。
「おはようございます。朝食もすぐに届きますが、先にバスを使いますか?」
 と、いつもと変わりない口調で、そう訊いた。
 本当に、いつもと何も、変わりなかった。
 昨夜のことが、まるで、嘘のように――。いや、あれは、疲れとアルコールの果てに見た、一夜限りの夢、だったのだろうか。
 妊娠と出産で疲れ果て、やっと全てが落ち着き始め、ふと安堵した時に、心の弱さが見せた、夢……。
「ドク、昨夜ゆうべは……」
 そう訊こうとして司は、
「いや、いい。――先にバスを使う」
 と、シーツを剥がして、体を伸ばした。
 夢であろうとなかろうと、そんなことはどちらでも、良かった。あれが自分の心にある、正直な想いであったのなら……。
 あの時、刄は、司に何も言わせなかった。まるで、自分一人で、何もかも背負っていく、とでも言うように――。もちろん、夢の中でも、刄がそうするであろうことは、解っていた。人に言わせてしまえるほど、器用な人間ではあり得ないのだから……。
 あれは、夢現ゆめうつつの狭間に見た、弱い心の叫び声……。
 バスを使い終えて、体の方も目を覚ますと、もう夢の名残は、どこにも、なかった。
 テーブルに並ぶブランチと、これからもずっとそこにいるであろう、ドクター・刄――。
「あー、お腹が空いた」
 司が言うと、
「もう昼なんですから、当たり前です。午前の予定は全て午後に回しましたから、今日はお休みいただく時間はありません」
「えーっ!」
「厭なら、明日からは早起きしてください」
「おまえが起こさなかったくせに」
「自分で起きてください。いつまで子供のつもりでいらっしゃるのですか」
「ムッ」
 何も変わらないこの時が、これからもずっと、続けば、いい……。




 そう思って、いたのに……。



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