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XX Ⅱ
XX Ⅱ-32
しおりを挟む「あなたがいた頃は違ったのですか? ――ああ、記憶がないのでしたね。恐らくそれは――記憶がないのは、柊氏の二の舞にならないよう、十六夜翁があなたの記憶を消してしまわれたせいでしょう」
柊のように、この《イースター》を懐かしがって、目を潰してまで帰ろうとしないように……。
「お父さまが……」
この《イースター》の記憶を持っていては、外の世界を受け入れようとしないから……。
「ここには今、三十六人の〈XX〉たちがいます。子供から、大人まで――。あの、忌まわしい一六〇年前の〈XX〉の絶滅以前から、その生殖細胞を保存し、十六夜の技術で培養、研究を重ね、今、ここまで増えたのです」
信じられないことだった。十六夜の《イースター》が、こんなものであったなど――。
「何故、十六夜は――お父さまはこれを隠していたんだ?〈XX〉が絶滅していないことを、何故公表しなかったんだ? これは、希望ではないのか……?」
この世に〈XX〉は自分と母親だけであると思っていたのに、状況が一変してしまったのだ――それは、良い方向への変化ではなかったのだろうか。
「それは……」
アンドルゥが口を開くと、
「それは、私が話そう」
御簾に閉ざされた部屋の奥から、不意にその声が響き渡った。
姿は見えない。御簾の向こうに隠れているのだ。――だが、それが誰の声であるのかは、司にも刄にもすぐに解った。
「お父さま――!」
「十六夜翁……」
「久しぶりだな、司、そして、ドクター刄。――私の手紙は探せなかったかな?」
司の父、十六夜秀隆の声は、失踪前と少しも変わってはいなかった。
「あ……」
香港の希の元にあった、あのマイクロチップ――。
「手紙を読んだのなら、私がおまえを実験体として使ったことは察しているだろう。それが全ての答えだ」
「ぼくが……ぼくの子供が、癌を発症しなければ、ここの〈XX〉も地上に……?」
「いつかはそうなる。だが、まだ因子は不安定だ。ここにいる者も、不確定な因子のために、一度も地上に出たことがないのに、過去からの遺伝子に侵されて、あの忌々しい癌を発症して死んでしまう」
遺伝子には、染色体が壊れるのを防ごうとする因子もあれば、破壊しようとする因子もある。DNAを切り取り、別のゲノムの場所に貼り付けようとするものもあれば、それを阻止しようとする物もある。遺伝子を活性化させようとするものもあれば、不活化しようとするものもある。
その全てを――いや、全てとは言わない――だが、発癌を誘発する遺伝子をコントロールすることが出来なければ、また〈XX〉は滅んでしまう。
「たとえば、おまえの子――。おまえが産む子の発癌リスクを抑えるためには、クリストファーや菁の持つ因子が必要だった。それと同じように、それぞれの〈XX〉と結び付く因子が不確定なために、全てを同じ条件で地上に出すことは適わぬのだ」
「ぼくの子供……。だから、ぼくは、クリスか菁と結婚しなくてはならなかったのですか?」
そんなことのために、司の相手は決められていたのだ。
「そうだ。おまえが癌を発症しなくとも、その子供が発症すれば、そこでまた途絶えてしまう」
「……」
頭の中が混乱していなかったといえば、嘘になる。
だが、これ以上の何を訊いていいのかすら、司にはもう判らなかった。――いや、これだけは訊いておかなくてはならない。
「これは違法な人体実験です……。ここにいる〈XX〉たちも、地上の人々と同じように人格があって、自らの意思を持っているのでしょう? ぼくが……こうして自分の意思を持って、生きているように――」
「……」
「違うのですか、お父さま! ここの〈XX〉たちは、自分の意思に反して、僕と同じように実験体にされているのではないのですか! ぼくは――。ぼくは……〈XX〉に生まれて来てよかったなんて、一度も思ったことは……なった……」
自分が実験体であることも知らず、〈XX〉であることに地上で一人悩みながら生きて来たのだ。
辛く、孤独で、恐ろしかった……。
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