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沙希伶(シャシイリン) ――XX外伝――
沙希伶 ――XX外伝―― 11
しおりを挟む塀を乗り越えるのではなく、門が開くのを待って、沙の屋敷に足を踏み入れるのは、随分、久しぶりのことだった。
どんな顔をして父や兄たちに会えばいいのか判らないが、この家に戻らなくては、何も前に進まないのだ。
休日とはいえ、皆、家にいるだろうか。
ドアが開き、使用人たちの顔がわずかに変わった。それでも、
「お帰りなさいませ。皆さま、ダイニングにおいでです。――ご夕食は……」
「まだ……」
「すぐにご用意いたします」
ダイニングに入ると、いつもの自分の席が、給仕の手で、後ろに引かれた。
黙って腰をおろして、ナプキンを取る。と――、
「何か言うことがあるだろう?」
父、沙望道が口を開いた。
希伶は、手に取ったナプキンをテーブルに戻し――、それに応えようとしたのだが、それより早く、二番目の兄の月笙が、
「お父様! 後でいいではありませんか。せっかく希伶が帰って来たのですから――」
と、ナプキンを戻す手を、出て行く意味だと思ったらしく、かばうように口を開いた。
――こうして心配してくれ、かばってくれる家族がいるというのに、自分は……。
「……勝手をして、すみませんでした。ただいま戻りました、お父さま」
希伶は言った。
誰もが、黙ってその言葉を聞いていた。
責められるのか、許されるのか、兄たちの視線が、沙望道へと向く。
「何故、戻って来た? 何かストリートにいられないことをしでかしたのか?」
「お父様っ!」
そう言われても仕方がないのだ。かばってくれる兄の方が、どうかしている。
「学校に……戻って、勉強をします」
「一年半も遅れているんだぞ。同級生は卒業して、いるのは下級生だった年下の生徒たちばかりだ。そんな中でやっていけるというのか? 何事にも堪え性のないおまえが?」
「……。出来なければ、今度こそ戻りません」
そう。今度こそ……。いや、そんなことはあり得ない。卒業すると――。卒業して、結婚すると約束したのだから。
「その言葉を忘れるな。――希伶に食事を」
給仕に指示を出す沙望道の言葉に、誰もがホッとして肩を降ろした。
結局は、沙望道も、希伶が戻って来たことに、安堵しているのだ。
「――どういう心境の変化なんだ?」
ナプキンを広げると、隣の席の月笙が、小さな声でそう訊いた。
「うん……。まあ、ね。――お見合いしたんだって?」
曖昧にはぐらかして、希伶は訊いた。
「何で知ってるんだ?」
驚く顔の月笙に、
「ちょっと、耳にして……」
「まあ、そうなんだけど……。仕方がないさ。政治を動かすには、李財閥の潤沢な資金が必要だ。形だけなんだから、何でもない」
「結婚……したくないんだ?」
月笙の言葉に、希伶は目を丸くして、問いかけた。
菁となら、何故か、誰もが結婚したくなるだろう、と思っていたのだ。
「そりゃそうさ。実際に李財閥を継ぐのは長子の方で、僕の相手は次男坊だ。表向きは李グループに籍を置いているが、実際に彼が継ぐのは、堂口の方だよ」
「マフィア……?」
「ああ。――まあ、どんな金でも、政治には必要だからな。それに、裏の顔はどうあれ、表面上はまともな人間っぽい」
チャイニーズ・マフィア――。
それなら、解る。警官でさえ、文句も言わず、金だけを受け取って、引き下がった理由が。
彼が――李菁が、香港、ニューヨークの麻薬市場を取り仕切る、次代のチャイニーズ・マフィアのドン……。
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