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沙希伶(シャシイリン) ――XX外伝――
沙希伶 ――XX外伝―― 1
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中環――。
行政、経済、金融の中枢をなす香港の中心には、高層ビル群が林立し、観光とショッピングに訪れる人々も含め、そのメイン・ストリートは喧噪に満ち溢れていた。
ビクトリア・ハーバーを前に、東西に伸びる大通りや、英国皇帝の像や噴水があるスタチュー・スクエア――そこから眺めるビル群は、ひと際、美しさを湛えている。
ビル群が――美しいのだ、この街は。
そして、その中環の西側に広がる問屋街――上環から西常盤のノスタルジックな佇まいは、石畳の坂道と共に、古色豊かな雰囲気が漂っている。
荷季活道には、所狭しと海産物、漢方薬、卵、布、アンティーク……さまざまな店が並び、摩羅上街のドロボー市にはガラクタが並び、かつては香港の中心であったここに、帰愁のようなものを垣間見せる。
壊れた時計や、電化製品……ここにあるものは皆、自分に、似て、いる……。
沙希伶は、役に立たない不用品を見ながら、その脇を足を止めずに通り過ぎた。その背中に、
「よう、希。客を探してるんだろ? ――付き合わないか? 金が入ったんだ」
と、どうみても定職にはついていそうにない男が、折りたたんだ紙幣をチラつかせた。
「……。ぼくは十五分のショートだけだ。それ以外はしない」
「そう言うなって。たまには一晩、付き合えよ。柔らかいベッドで寝たいだろ?」
「なら、他の奴にしろよ」
希伶は、素っ気ない口調で言葉を返すと、通りの先へと翻った。
だが、男は諦めきれない様子で、
「わかった。――わかったよ。部屋に行かずに、十五分で終わればいいんだろ?」
「……」
「――ったく。ショートじゃ、いくらも稼げないだろうに」
「一晩中、撫でまわされるのは、ごめんだ」
まだ十代の少年らしさを残す面貌と、白いシャツに似合う黒髪は、背中にさらりと零れ落ちて、気の強そうな眼差しに、どこか孤独な影を映している。
二人は路地の陰へと場所を移し、ボトムをずらすだけで事足りる行為に、とりかかった。
今から一五〇年以上前、Y染色体を持たない女だけが新種の皮膚癌に侵され、地球上から絶滅した。
学者たちは、慌ててその癌の原因を探り、それが有害宇宙線と、人間の作り出した突然変異誘発物質によって引き起こされたDNA障害であることが判ると、女たちを有害宇宙線の届かない安全な場所に隔離した。
だが、その新種の癌は恐ろしい速さで転移し、遺伝子治療も追いつかないまま、女は地球上から絶滅した。一度浴びた有害宇宙線は、地下や屋内に潜ってからも、その進行スピードを落とさず、女の体を破壊したのだ。まだ一度も外へ出たことのない赤ん坊さえ、母親から受け継いだ異常遺伝子のために、癌を発症して、呆気なく死んだ。
そして、この世は、染色体〈XY〉の男だけの世界となり、染色体〈XX〉の女は存在しなくなった。
もちろん、女の姿形をした者は、いる。それは、女が絶滅したから、といって現れた特種な者ではなく、女がいた頃から存在していた性転換した男たちであった。
彼らはトルソーと呼ばれ、上流階級では、未だ受け入れられてはいないが、中流階級以下では、そう珍しくもなく受け入れられている。――いや、問題はある。彼らは男としての生殖機能を捨ててしまうため、子供を造ることが出来ないのだ。
だから、女ではなく、トルソー――胴体だけのマネキン人形――という名で呼ばれている。
行政、経済、金融の中枢をなす香港の中心には、高層ビル群が林立し、観光とショッピングに訪れる人々も含め、そのメイン・ストリートは喧噪に満ち溢れていた。
ビクトリア・ハーバーを前に、東西に伸びる大通りや、英国皇帝の像や噴水があるスタチュー・スクエア――そこから眺めるビル群は、ひと際、美しさを湛えている。
ビル群が――美しいのだ、この街は。
そして、その中環の西側に広がる問屋街――上環から西常盤のノスタルジックな佇まいは、石畳の坂道と共に、古色豊かな雰囲気が漂っている。
荷季活道には、所狭しと海産物、漢方薬、卵、布、アンティーク……さまざまな店が並び、摩羅上街のドロボー市にはガラクタが並び、かつては香港の中心であったここに、帰愁のようなものを垣間見せる。
壊れた時計や、電化製品……ここにあるものは皆、自分に、似て、いる……。
沙希伶は、役に立たない不用品を見ながら、その脇を足を止めずに通り過ぎた。その背中に、
「よう、希。客を探してるんだろ? ――付き合わないか? 金が入ったんだ」
と、どうみても定職にはついていそうにない男が、折りたたんだ紙幣をチラつかせた。
「……。ぼくは十五分のショートだけだ。それ以外はしない」
「そう言うなって。たまには一晩、付き合えよ。柔らかいベッドで寝たいだろ?」
「なら、他の奴にしろよ」
希伶は、素っ気ない口調で言葉を返すと、通りの先へと翻った。
だが、男は諦めきれない様子で、
「わかった。――わかったよ。部屋に行かずに、十五分で終わればいいんだろ?」
「……」
「――ったく。ショートじゃ、いくらも稼げないだろうに」
「一晩中、撫でまわされるのは、ごめんだ」
まだ十代の少年らしさを残す面貌と、白いシャツに似合う黒髪は、背中にさらりと零れ落ちて、気の強そうな眼差しに、どこか孤独な影を映している。
二人は路地の陰へと場所を移し、ボトムをずらすだけで事足りる行為に、とりかかった。
今から一五〇年以上前、Y染色体を持たない女だけが新種の皮膚癌に侵され、地球上から絶滅した。
学者たちは、慌ててその癌の原因を探り、それが有害宇宙線と、人間の作り出した突然変異誘発物質によって引き起こされたDNA障害であることが判ると、女たちを有害宇宙線の届かない安全な場所に隔離した。
だが、その新種の癌は恐ろしい速さで転移し、遺伝子治療も追いつかないまま、女は地球上から絶滅した。一度浴びた有害宇宙線は、地下や屋内に潜ってからも、その進行スピードを落とさず、女の体を破壊したのだ。まだ一度も外へ出たことのない赤ん坊さえ、母親から受け継いだ異常遺伝子のために、癌を発症して、呆気なく死んだ。
そして、この世は、染色体〈XY〉の男だけの世界となり、染色体〈XX〉の女は存在しなくなった。
もちろん、女の姿形をした者は、いる。それは、女が絶滅したから、といって現れた特種な者ではなく、女がいた頃から存在していた性転換した男たちであった。
彼らはトルソーと呼ばれ、上流階級では、未だ受け入れられてはいないが、中流階級以下では、そう珍しくもなく受け入れられている。――いや、問題はある。彼らは男としての生殖機能を捨ててしまうため、子供を造ることが出来ないのだ。
だから、女ではなく、トルソー――胴体だけのマネキン人形――という名で呼ばれている。
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