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XX Ⅰ
XX Ⅰ-3
しおりを挟む「貧血で倒れて、ロード.ウォリックのパーティに行けなかった、だと? どういうことだ、司?」
抑揚のない、それでも静かとは言えない口調だった。
「柊様、それは先日もご連絡いたしました通り、司様は忙しい日が続いて体調を――」
「君には訊いていない、ドクター.刄。たかが家庭医の分際で、グループのことに口を挟むな」
「……」
柊の言葉に、刄は黙って指を結んだ。
「医者が側についていながら、司の健康管理も満足に出来ないとは――。君をどこかから拾って来た父の判断が誤っていたとしか思えん」
「お話しは何でした、お兄さま?」
刄への厭味を遮るように、司は柊を睨みつけた。無論、柊にはその視線は見えなかっただろう。――いや、見えなくとも、感じていただろうか。
「目が見えないことで一番残念なのは、人々が美しいと言うおまえの面貌を見ることが出来ないことだ、司。今のおまえのその表情も、さぞ愛らしいことだろう」
と、唇の端を持ち上げる。多分、笑み、なのだろう。
「――確かめて見ますか?」
司は言った。
「残念だが、私が触れるころには、もういつもの無表情な面貌に戻っているだろう。それに、今はおまえに触りたくないほど腹を立てている」
「……」
「ロード.ウォリックのパーティを、たかが貧血で欠席するなど……。おまえにはまだ英国貴族の持つ人脈の重要さが解っていないようだな、司。英国の名門私立中等学校やオックスフォードとケンブリッジ、あるいは名門クラブや陸軍連隊といった上流階級の付き合いの場で築き上げられた人脈は、ビジネス界で最も役に立つ繋がりだ。その繋がりを蹴ったことが、どれほどビジネスに影響すると思っている?」
「次のパーティには出席しますよ。今の季節なら、ロンドンのどこでもパーティは毎夜の如く開かれている。ロード.ウォリックと顔を合わせることも難しくない。二十歳になるまではあなたの管理下にある訳ですから、それまではあなたのやり方に従いますよ――」
そう言った刹那、ヒュン、と風がうねりを上げた。高い音が空を切り、ほとんど同時に激しい衝撃が司の首筋を掠め飛ぶ。
肌が焼けるような痛みが駆け抜けた。
「くぅ――っ!」
刹那のことに、椅子の上から吹き飛ばされ、司は床に倒れ込んだ。
柊の手には、鋭い革の鞭が、ある。
「あ……ぅ……」
「司様――っ!」
声を上げたのは、刄だった。司の傍らに膝を折り、腕に支えて抱き起こす。
司の首筋には、朱の一線が刻まれていた。鞭が掠めた傷痕である。血が滲み、白い肌を赫く染めている。
「大丈夫だ……」
皮膚が焼けるような痛みを堪え、司は指先ですくった首筋の血を、手のひらにきつく握り締めた。
「すぐに手当を――」
刄の言葉は続かなかった。
「大丈夫なら席につけ、司。話はまだ終わってはいない」
柊が眉一つ動かさずに、淡々と言った。
ティー・テーブルの上では、零れた紅茶が湖にも似た模様を広げている。
司は激しい視線で柊を見据え、それでも黙って席についた。
「先をどうぞ、お兄さま。十六夜グループの総帥として、取締役の意見は聞きますよ」
その言葉に、ギシ、っと鞭を握り締める音が、した。
「……。プライドだけは、英国貴族以上のようだな。――だが、ロード.ウォリックは、おまえと違って正真正銘の貴族だ。せっかく子息をおまえに会わせようと、パーティに連れ出されていたというのに――」
「子息?」
柊の口から零れ落ちた言葉に、司は眉を寄せて顔を上げた。
柊の表情が、サングラスを通して、わずかに、変わる。
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