捨て犬の神様は一つだけ願いを叶えてくれる

竹比古

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離れ離れ

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「38,500円になります」

 ――やっと帰れるのね。
 ――注射されたのよ、わたし! 痛かったわ!

「お行儀良くていい子だったね」

 ――ふ、ふんっ! ちょっと緊張して固まっちゃっただけよ。

「よく頑張ったね」

 ――ま、まあね。

「これからも一緒に頑張ろうね……」

 ――何? どうしたの? 泣いてるの?
 ――せっかくのドライブなのに、おなかいたいの?

「明日は朝から術前の検査で、午後から手術になるから、今日は絶食だよ」

 ――ええっ! なにそれ? ごはんは一番の楽しみなのに!

「僕も付き合うから」

 ――泣いて頼まれちゃ、しかたがないわねぇ……。



「夕方、麻酔が切れる頃に、また来るからね」

 ――何それ? わたしをおいて行くの?

「病気を治したら、またおうちに帰ろう。一週間、毎日様子を見に来るからね」

 ――だって、ここ遠いわよ?
 ――本当に毎日来てくれるの?
 ――わたしをここに捨てて行ったりしないの?

 そういえば、あの時の神様は、捨てられた犬は一つだけ願いを叶えてもらえる、って言っていた。
 もし、このまま捨てられたら、その時は……。
 ここで待っていても、あの人が戻って来なかったら……。



 ――って、寝てた? わたし、いつの間にか寝ちゃってた?
 ――なんだか、体がだるくて起きられない。

「ちょかちゃん、ご家族が来られてるわよ」

 ――ご家族……?

 ――っていうか、大きな声で名前を呼ばないでちょうだい。
 ――わたし、そんなにちょかちょかしてないんだから!

「あ、いいんです、そのままで――。僕を見ると起き上がってしまうと思うので」

 ――あの声……。
 ――夕方って言ってたのに、ちょっとうとうとしている間に、もう戻って来たのかしら?
 ――それとも、今から帰るところ?
 ――なんだかボーとして、すっきり目が開けられないけど……。

「いいんだよ、寝たままで。まだしばらくここにいるから」

 ――冗談じゃない! もう帰るわよ!
 ――って、何、このガラス? 向こう側へ行けないじゃない。

「起きなくていいんだよ。ガラスを掻いても開かないから――!」

 ――迎えに来てくれたんでしょ?
 ――連れて帰ってくれるんでしょ?
 ――抱っこしてくれるんでしょ?

「傷が開くから――。まだ駄目なんだよ。――すみません、僕、姿が見えないところから見ますから――っ」


 ――またいなくなっちゃった……。
 ――どうして……?
 ――どうして……?
 ――でも、神さまが来てくれないってことは、わたし、まだ捨てられてないの……?


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