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哀しい話
しおりを挟む――さあ、今日もブラッシングをしてちょうだい。気持ちいいのよ、あれ。
――そういえば、今日はまだ一回しか『カワイイ』って言ってもらってないわ!
「はいはい、ブラシだね。――今日も可愛い白マフラーだねぇ」
――もっと褒めていいのよ。
「尻尾の先の白い毛もかわいいねぇ」
――言われ慣れたけど、何度言っても構わないのよ。
「白靴下を履いた足も可愛いね」
――手もちゃんと動かしてね。
「おなかもだね。掻きにくいよね、おなかは」
――そうなのよ。足の内側もお願いね。
「首のところに何かできてるね。おなかにも……」
――そう?
「散歩に行ってもすぐに帰るし……」
――うん、歩くのが少しだるくって……。
「早めに病院で見てもらおう」
――びょういん――って、何だっけ?
「――悪性のモノなら、早ければ一週間で気管を圧迫して、呼吸困難で死んでしまうかも知れません」
――この人が言ってること、難しすぎてわからない。
――自慢じゃないけど、わたし、二〇〇くらいは言葉を覚えてるんだから。
「一週間……」
「乳腺のしこりも心配です。――どうされますか? 治療を受けられるのなら、大きな病院を紹介します。それとも……」
「紹介してください」
――どうしたの? またどこかへ行くの?
「手術をしても完治するわけではありませんが、思い出を作る時間は出来ます」
一週間が、3カ月、半年、或いは一年に……。
――何の話?
――哀しい話?
「犬の場合は人間のように無菌室で目一杯の抗がん剤を使って治療をするということは出来ません。毛でおおわれた犬を無菌状態にすることは無理ですし、抗がん剤治療はかなり辛いものになりますから」
「ぼくもそんな治療は望んでいません。苦痛がないように、少しでも長く一緒にいられれば……」
「そうですね。抗がん剤は副作用で苦しまないだけの量を投与することになります。人間のように吐いて苦しんで、ベッドから起き上がれなくなるような治療は、動物には出来ません」
「お願いします……」
「解りました。治療費の詳細等は後ほど担当の者から説明させていただきます」
――なんかいつもと違う感じ。
――まだここにいるのかな?
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