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キメラ - 翅

実験終了

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 それから、JNTバイオメディカル研究所は大荒れに荒れた。
 椎名のところに行こうとした《Hydra-5サンク》が交通事故に遭い、蘇生しただけでなく、驚異の再生能力で話が出来るまでに回復したこともあって、JNTの違法な遺伝子組み換え実験の全容が露呈したのだ。全ての関係者が取り調べを受け、このところ立て続いていた研究員の暴力沙汰や傷害致死、そして、昨日の大量死を含めて、最早、全てを隠し通すことは不可能だった。
 数日経ち、ドナも、
「私も知っていることは全部話すわ。父のことも……」
 そう言って、寂しそうに、笑った。
「解った。カナダで待ってる」
 椎名が言うと、寂しそうなドナの笑みは、涙に変わった。何を言っても、椎名が困ってうろたえても、それでもドナは泣いていた。
 幸せそうな涙だった。
 エディや椎名のことは、誰も口には出さなかったようで、椎名のところに警官や政府機関の人間が訪れることはなかった。
 エルヴィラも、オペは自分と医療スタッフがしたと言い、椎名の名前は出さなかった。
 麻酔から醒めたゲルトルーデは記憶を持っておらず、何も話すことは出来なかった。
 だが、それが一番幸せなことだったのかもしれない。あの悍ましい現実を思い出すよりも……。




 カナダ――。
 渓谷の町は、今日も穏やかな時間が流れていた。
「どうかしら?」
 ドキドキを隠せない様子で訊くドナに、
「んー……。ビミョー」
 エディは言った。
 何やら料理本と向かい合って、一生懸命作った料理らしいのだが、甘いのか、辛いのか、酸っぱいのか……よく解らない。
「ああ、やっぱり料理には向いてないんだわ、私」
「食べられればいいさ」
 どこの国の料理なのかも解らないものを一口食べて、椎名が言うと、
「それが一番失礼だわ」
 ドナが口を尖らせた。
「おいしいっ! これ、おいしい!」
 一人そう言ったのは、サンクだった。
「ありがとう! あなただけよね、そう言ってくれるのは!」
 ドナが、金髪碧眼の愛らしい少年を抱きしめる。
 サンクはくすぐったそうで、また、これ以上はなく嬉しそうだった。
「味オンチなだけだよ」
 何しろ、サンクがこれまでJNTで与えられて来た食べ物は、味も素っ気もないものばかりだったのだから。
「ホントにおいしいよ」
「マズいよ」
 子供であるため、つい、うっかり本音も出てしまう。
「うそっ! マズくはないわよ、失礼ね!」
「このエスニック料理をいつも食べてる国だってあるんだ」
 椎名もすかさず助け船に入ったが、
「あら、カナダの伝統料理よ、これ」
「……」
 あえなく、撃沈……。

 あれから――。
 生死の境を彷徨う重傷を負ったサンクは、話せるようになったとはいえ、背骨も潰れ、神経も切れた状態で、もう生涯、歩行や座位は不可能――寝たきりの状態になる、と診断されていたため、誰もが動けないものとして、彼の動向に気を付けてはいなかった。
 そして、サンクはその再生能力を持って、動けるようになると、JNTから抜け出した時と同様、病院からも抜け出して来たのである。椎名とエディが泊る、ジャパンセンター近くのあのホテルへ――。
 あとは――。
 そう。あとは……。

 ここに書くまでもない。
 家族四人で、こんな風に笑いながら暮らして行くだけのこと、なのだから……。




             了



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