上 下
74 / 83
キメラ - 翅

ゆりかごの中 5

しおりを挟む



《chimera-翅》の小さな体が車椅子から持ち上げられ、椎名がいる寝台に乗せられた。
 ほんとうに色素の薄い、妖精のような少女だった。
 その、長く鋭い輸卵管さえ、下肢の狭間に屹立していなければ……。
「卵ヲ産ンダラ、自由ニシテクレルッテ……」
 輸卵管を押さえながら、《chimera-翅》が言った。
 小さな体が震え、成熟し切った輸卵管の先から、微かに体液が滲んでいる。もうその時が来ているのだろう。
 卵を椎名の体内に産みつけたら、自由になれる――そんな何の保証もない言葉を、たやすく信じてしまう幼子が憐れだった。
「僕と話をしたことは覚えているか?」
 できるだけゆっくり、落ちついた声で椎名は訊いた。
《翅》はコクリとうなずき、研究員たちに四肢を抑えつけられる椎名を見ていた。輸卵管の根元が膨らんでいる。硬いのは先端だけで、体躯に近くなるに連れて、肌と同様に柔らかくなっているのかも知れない。
「薬が効いたままでいれば、何も知らない内に終わったのに――。さあ、始めなさい」
 ゲルトルーデの持つメスが、ドナの首筋を微かに浅く傷つけた。
「やめて……。お願い、ゲルトルーデ……」
 ドナが、椎名に馬乗りになる《翅》の姿に、涙を零す。
「良い宿主を連れて来てくれてありがとう、ドナ」
 それがゲルトルーデの返答だった。
 だからきっと、そうするしかなかったのだろう。ドナがゲルトルーデに捕らわれている限り、椎名は動くことが出来なかったのだから――。
 ドナの手が、ためらうことなく、メスを持つゲルトルーデの腕を掴み取り、そのまま力任せに一線を引く。
「ドナ――っ!」
 椎名はその行為に目を瞠った。
 白い首筋に朱線が浮かび、刹那に血飛沫が溢れ出す。
 まだ椎名を見つめているドナの瞳は、死とは無縁のもののようだった。
 それでも、最後の呼吸と共に口から溢れる血泡に、ドナの体が崩れ落ちる。もしかしたらそれは、呼吸ではなく、椎名への最後の言葉、だったかも、知れない。

 ――大好きよ、リョウ……。

 周りの研究員たちも、起こったことに茫然としていた。誰もが動きを止めてしまうほどに、それは突然で、予期せぬ出来事だったのだ。
 血は辺りを朱色に染め、ドナの意識を消し去った。
「どけ――っ!」
 椎名は研究員たちの拘束を振り払い、寝台の上から跳び下りた。
 逃げる――などということは全く考えていなかった。ドナの首の傷口を押さえ、止血をしなくては、と思ったのだ。まだ蘇生行為を行えば、設備の整ったこの施設なら、呼び戻すことが出来るのでは、と――。
「何をしているの! 捕まえなさい!」
 ゲルトルーデが我に返って声を上げると、他の研究員たちも、尻込みしながら前に進んだ。彼らにもきっと、椎名が逃げるつもりがないことは解っていたのだろう。
 そして、《ゆりかご》のドアが開いたのは、その時だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

女子竹槍攻撃隊

みらいつりびと
SF
 えいえいおう、えいえいおうと声をあげながら、私たちは竹槍を突く訓練をつづけています。  約2メートルほどの長さの竹槍をひたすら前へ振り出していると、握力と腕力がなくなってきます。とてもつらい。  訓練後、私たちは山腹に掘ったトンネル内で休憩します。 「竹槍で米軍相手になにができるというのでしょうか」と私が弱音を吐くと、かぐやさんに叱られました。 「みきさん、大和撫子たる者、けっしてあきらめてはなりません。なにがなんでも日本を守り抜くという強い意志を持って戦い抜くのです。私はアメリカの兵士のひとりと相討ちしてみせる所存です」  かぐやさんの目は彼女のことばどおり強い意志であふれていました……。  日米戦争の偽史SF短編です。全4話。

Wild in Blood~episode dawning~

まりの
SF
受けた依頼は必ず完遂するのがモットーの何でも屋アイザック・シモンズはメンフクロウのA・H。G・A・N・P発足までの黎明期、アジアを舞台に自称「紳士」が自慢のスピードと特殊聴力で難題に挑む

【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?

俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。 この他、 「新訳 零戦戦記」 「総統戦記」もよろしくお願いします。

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

処理中です...