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キメラ - 翅
ゆりかごの中 5
しおりを挟む《chimera-翅》の小さな体が車椅子から持ち上げられ、椎名がいる寝台に乗せられた。
ほんとうに色素の薄い、妖精のような少女だった。
その、長く鋭い輸卵管さえ、下肢の狭間に屹立していなければ……。
「卵ヲ産ンダラ、自由ニシテクレルッテ……」
輸卵管を押さえながら、《chimera-翅》が言った。
小さな体が震え、成熟し切った輸卵管の先から、微かに体液が滲んでいる。もうその時が来ているのだろう。
卵を椎名の体内に産みつけたら、自由になれる――そんな何の保証もない言葉を、たやすく信じてしまう幼子が憐れだった。
「僕と話をしたことは覚えているか?」
できるだけゆっくり、落ちついた声で椎名は訊いた。
《翅》はコクリとうなずき、研究員たちに四肢を抑えつけられる椎名を見ていた。輸卵管の根元が膨らんでいる。硬いのは先端だけで、体躯に近くなるに連れて、肌と同様に柔らかくなっているのかも知れない。
「薬が効いたままでいれば、何も知らない内に終わったのに――。さあ、始めなさい」
ゲルトルーデの持つメスが、ドナの首筋を微かに浅く傷つけた。
「やめて……。お願い、ゲルトルーデ……」
ドナが、椎名に馬乗りになる《翅》の姿に、涙を零す。
「良い宿主を連れて来てくれてありがとう、ドナ」
それがゲルトルーデの返答だった。
だからきっと、そうするしかなかったのだろう。ドナがゲルトルーデに捕らわれている限り、椎名は動くことが出来なかったのだから――。
ドナの手が、ためらうことなく、メスを持つゲルトルーデの腕を掴み取り、そのまま力任せに一線を引く。
「ドナ――っ!」
椎名はその行為に目を瞠った。
白い首筋に朱線が浮かび、刹那に血飛沫が溢れ出す。
まだ椎名を見つめているドナの瞳は、死とは無縁のもののようだった。
それでも、最後の呼吸と共に口から溢れる血泡に、ドナの体が崩れ落ちる。もしかしたらそれは、呼吸ではなく、椎名への最後の言葉、だったかも、知れない。
――大好きよ、リョウ……。
周りの研究員たちも、起こったことに茫然としていた。誰もが動きを止めてしまうほどに、それは突然で、予期せぬ出来事だったのだ。
血は辺りを朱色に染め、ドナの意識を消し去った。
「どけ――っ!」
椎名は研究員たちの拘束を振り払い、寝台の上から跳び下りた。
逃げる――などということは全く考えていなかった。ドナの首の傷口を押さえ、止血をしなくては、と思ったのだ。まだ蘇生行為を行えば、設備の整ったこの施設なら、呼び戻すことが出来るのでは、と――。
「何をしているの! 捕まえなさい!」
ゲルトルーデが我に返って声を上げると、他の研究員たちも、尻込みしながら前に進んだ。彼らにもきっと、椎名が逃げるつもりがないことは解っていたのだろう。
そして、《ゆりかご》のドアが開いたのは、その時だった。
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