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キメラ - 翅
女たちの脳 3
しおりを挟む「さあ、入って、入って」
エルヴィラ・ハイゼンベルクは、我が家に親しい友人を招くように、エディを中へと促した。
ここは、JNTバイオメディカル研究所の一角――受付を過ぎ、中庭を抜け、別棟になった研究施設に入ってフロアを上がった一室である。
タクシーで二ブロック手前で降ろされた彼女を、このJNTバイオメディカル研究所まで案内してきたら、受付どころか、こんな内部の施設にまで通してもらえたのだ。その上、飲み物まで出してもらえるらしい。
やはり、変わった女性のようで……。
「あの、あなたはここの……」
受付に雇われたのでないことははっきりしたが、それなら彼女は……。
「あら、そういえば他の話は色々したのに、私のことは言ってなかったわね」
名前すら、受付で彼女が名乗るのを、後ろで聞いていただけだったのだ。
「私はエルヴィラ・ハイゼンベルク。スイスのRS製薬会社からこっちに出向して来たの。厄介事があると駆り出されるのよねぇ……」
「――厄介事?」
そんなことを、今、ここでペラペラと喋ってしまってもいいのだろうか。エディはJNTとは何の関係もない部外者で、その厄介事とは、恐らくJNTの内部事情であるはずなのに――。
そう思ったが、もし、エディがサンクの言葉から推測した通りのキメラであるのなら、部外者、というのは当てはまらないことにも気付いていた。
エディの半分を形成している遺伝子は、この研究所で発生した《Hydra》のものかも知れないのだから。
「あら、あなたもそれを知っててここへ来たのかと思っていたわ」
「え?」
「あなたはきっとお母さん似よねぇ。女の子でもおかしくないくらい可愛いもの」
「……」
――この人は何を言っているのだろうか。
――全てを――エディの身元をも知っていて、ここまで通したと言うのだろうか。
「ああ、あなたはお母さんの顔を知らないのよねぇ。――っていうか、お母さんって言うのも違和感があるけど」
「……」
――間違いない。
この女性――エルヴィラ・ハイゼンベルクは、何もかも知っていて、エディをここに連れて来たのだ。
エディの顔を見れば、テイラーが創り出した実験体に似ていることはすぐに気付くし――当のエディでさえも、自分がサンクに似ていることに気付いたのだ。彼女が気付かないはずがない。
「あなたのお母さんの顔を見せてあげましょうか? あなたにそっくりよ」
そう言って、エルヴィラ・ハイゼンベルクが開いたPCには、さっきまで共にいたサンクと瓜二つの少年が映っていた。
写真ではなく映像で、十六、七歳の金髪碧眼の少年が、大きな水槽の中で泳いでいる。――いや、生活している、といった方がいいかも知れないか。その姿は、水中でも全く支障がないようで、陸上よりも過ごしやすそうな雰囲気だった。
だが、遺伝子操作をしたくらいで、人間が水中で呼吸や生活が出来るようになるものだろうか。
目の当たりにした生みの親の姿にもショックを受けたが、その実験の非道さには、それ以上にショックを受けた。
「こんな――っ。こんな人体実験は違法なはずだ! ここでこんな実験をしていたなんて――」
エディが憤りで声を震わせると、
「あら、よくみてちょうだい。これはヒトではないのよ。雌性生殖器官も雄性生殖器官も有していないでしょう?」
さも得意げに、エルヴィラは言った。
「……」
確かに、水槽の中の生き物は、雌性生殖器官も雄性生殖器官も有していない。
だが、だからと言って、公にできる実験ではないはずだ。
それに……。
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