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キメラ - 翅
キマイラとヒュドラー 5
しおりを挟む部屋には、どこかで見たことがあるような少年が、たった一人で残っていた。
ユニオン・スクエア近くの、サー・フランシス・ドレイクの一室――。
「パパ――シーナは?」
目の前の、金髪碧眼の少年に訊き、エディは急ぎ足で部屋の中に踏み込んだ。
あれから、すでに翌朝――。
この国では、航空機は決して贅沢なものではなく、バスや鉄道と同感覚の乗り物だが、それでも、予約なしにタイミングよく便があったのは幸運だったに違いない。
「シーナは出掛けてる」
サンクが言った。
電話での話し方では、もっと幼い少年を思い描いていたが、どう見てもエディより年上である。――いや、エディも実年齢より上に見られたことしかないのだが。サンクはすでに十七、八歳に見える。
「出掛けて? あれからずっと?」
エディが訊くと、
「あの後、ローストチキンとポテトとほうれん草を買って戻って来て、それから、また出掛けて――」
「どこに?」
そう訊くと、サンクは判らないことを示すように、首を傾げた。
「もういい。電話してみる」
部屋の電話から、椎名の携帯にかけてみると、その着信音は、サンクの方から聞こえて来て……。
「あ、シーナ」
サンクがポケットの中から携帯を取り出す。
だが、もちろん、そこに表示されている電話番号は、このホテルのもので――。
「……僕だよ」
エディはそう言うと、電話を切った。
――何故、椎名は携帯をサンクに預けて出て行ったのだろうか。
これでは、エディが連絡を取ろうとしても、適わない。それどころか、椎名が何処にいるのかも判らない。――いや、椎名が行くとすれば、あの夢の中の生き物がいる処だろう。
「パパの携帯を貸して。君が言ってるシーナは、ぼくのパパだ」
携帯には、椎名のメッセージが何か残されているかも知れない。
エディは、椎名の携帯をサンクの手からもぎ取ると、何か伝言が残されていないか、確認した。
留守番電話が入っている。
残されたメッセージは……。
『ホテルを出て、身を隠せ』
誰に宛てたとも判らない、そんな短い伝言が吹き込まれている。――いや、恐らく、エディに宛てたものだろう。サンクは携帯電話の使い方もよく知らないようだし、それ以前に、サンクに伝えたいのなら、直接、そう言って出掛ければ済むことだ。それまで共にいたのだから。
恐らく椎名は、エディがここへ来る可能性も考えて、このメッセージを残したのに違いない。それでいてエディの名前を出していないのは、この携帯メッセージを、他の誰かに見られた時に困るから――。
「ホテルを移るから荷物をまとめて」
携帯電話の操作を物珍しそうに眺めているサンクに、エディは言った。
「荷物? ぼく、何も持ってない」
「なら、パパのものが部屋に残ってないか確認して」
このサンクという少年のことは、その後だ。
椎名がサンクに一人で逃げるように言わなかったのだとすれば、それは、この少年にその知識がないから、か、エディに椎名の後を追いかけさせたくなかったから――。
幸い荷物は少なく、それをキャリーケースに詰め込むのはすぐだった。荷物は最小限で、しかもほとんど解いてはいなかった。
部屋を出て、エレベーターに乗りこむと、並んで立つ二人の姿が、磨き抜かれたガラス窓の中に、映し出される。
フロアにエレベーターがある時は、ガラスの向こうが明るいために映らないが、階と階の間を降りている時は、ガラスの向こうが暗いために、はっきりと二人の姿が映っていた。
「まさか……」
エディは、並んで立つサンクの姿に目を瞠った。
こうして二人並んでいると、不思議なほどによく似ている。部屋でサンクだけを見ていた時は気付かなかったが、二人の姿を比べてみると……。
髪の色や、目の色は違うが、顔のつくりや線の細さ、表情……まるで、血の繋がりでもあるかのように。
同じ遺伝子を受け継いでいるかのように。
「君は――」
エレベーターがロビーに着いた。
「……。行こう。話は後だ」
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