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キメラ - 翅
キマイラとヒュドラー 3
しおりを挟む「――昼間は突然、悪かった」
午後七時半、予約をしておいたラ・ホイヤ・ヴィレッジ・ドライブ沿いの《ジ・アザー・プレーズ》で、椎名はドナに謝った。
サンクの姿を目に止め、途中で席を立って帰ってしまったことへの謝罪である。
「やっぱりあそこで何か起こっているのね? あなたが飛び出して行ってから、またゲルトルーデの研究棟で何か騒ぎがあったみたいで――」
言いながら、ドナは、つい大きくなってしまっている声に気付いたようで、一呼吸置き、
「何があったの?」
と、声を潜めた。
どこまで話していいものか、まだ迷っていたが、取り敢えず、カナダにいるエディのこと以外は話さなくては、彼女も納得しないだろう。
椎名は、十年前にテイラーが行っていた社会倫理を逸脱した遺伝子実験のことから話を始め、追い詰められて海に転落した車の中で、ヒュドラーと呼ばれていた実験体が死に、椎名だけが助かったこと――。
そして、死んだヒュドラーの他にも、JNTにはオリジナルのヒュドラーが無性生殖で残したコピー生物が存在していたはずだ、ということ――。
それだけでなく、テイラーが失脚し、ゲルトルーデ・オルフが所長となった今でも、その実験は打ち切られることなく続いていること――それだけを簡単に話して聞かせた。
「まさか、そんな……」
「信じなくてもいい。訊かれたから応えただけだ」
「――解ってるわ。全部、本当の事なのね」
まだ茫然としているようだったが、ドナはそう言うと疲れを滲ませるように、息を吐いた。
椎名が憶測や噂だけでそんな話をするような人間でないことを知っているためでもあっただろう。
そして――。
「今日も何かあったのね?」
「十年前と同じだ。サンクと呼ばれているらしい被検体が逃げ出した」
「あなたが匿っているの?」
「そういう巡り合わせらしい」
もちろん、本当は巡り合わせなどではなく、エディの夢が気になって来てみたのだが、そこまでドナに話すことは出来ない。
だが、椎名がJNTにいる時に、サンクが逃げ出して来たのは、何かの巡り合わせと言えるかも知れない。
「《5》……。なら、彼の他にもJNTにはまだ実験対象がいるのね?」
ドナもまた、それが名前などでなくナンバーであることに気付いたのだろう。彼が《5》番目の実験体なのだとすれば、《1》から《5》の間にまだ実験体がいたはずである。
「サンクの話では、《翅》と呼ばれているキメラがいるらしい。何かそれらしい話を聞かないか?」
「《翅》……。私たちに漏れるような情報管理はしていないでしょうけど……。そのサンクが逃げたままなら、ゲルトルーデのユニットは今も慌ただしくしているでしょうね」
同じJNTの人間であっても、ドナは買収された企業側の科学者であるため、買収した側――スイスのRS製薬会社が送りこんで来た科学者たちとは、一線を画されている。
「入り込みたいんだ、そこに」
椎名は言った。
「でしょうね。――でも、私のIDで入れるのは既存のユニットだけで、ゲルトルーデのユニットには入れないわ」
「……」
それはそうだろう。誰もが入れるような場所で、違法な遺伝子実験を行うはずもないのだから。
それに、ドナの研究は、精神科医である父親の後押しにもなる、新たな精神病治療のための遺伝子研究である。表向き、再生医療のための遺伝子研究を行うとされているゲルトルーデのユニットとは、また違う。
「でも――」
「ん?」
「ダテに長く勤めている訳でもないわ。――独り身で、ね」
何か考えがありそうなドナの言葉に、椎名は次の言葉が零れるのを待った。
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