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キメラ - 翅
キメラの翅 3
しおりを挟む椎名が出て行ったホテルの部屋で、サンクは今まで見たこともない外の世界を、物珍しくひとつひとつ触れて回っていた。
ふかふかのベッドはもちろん、ライティング・デスクにユニットバス――何より、窓の外に見える、サンフランシスコの眩しい街並み……。小さな広場を取り囲む建造物と、どこまでも遠い空は、ずっと見ていても飽きなかった。
それなのに――。
そんなわくわくとした時間は、すぐにその不快な音に遮られた。
椅子の背にかけられた椎名の上着のポケットで、何かが振動と共に単調な音を発している。
サンクは首を傾げながらそれに近づき、音のするものを取り出した。
あの研究施設でも何度か目にしたことのあるものである。全く一緒という訳ではないが、それが携帯電話というものであり、電話をかけているもう一人と話が出来る、という代物であることも知っていた。
教育を受けさせてはもらっていなかったが、高い学習能力と順能力は備わっていたのだ。
確か、ボタンを押していた。
通話を意味するボタンも予測できた。
躊躇いながらも、通話のボタンを押してみる。すると、振動と音はピタリと止まり、
「もしもし、パパ?」
年若い少年の声だった。
黙ってそれを聞いていると、
「パパ? 聞こえてる? 今どこ? ホテルに着いた?」
矢継ぎ早に次々と質問が投げかけられた。
順番に、間違いがないように応えなくてはならない。
「――パパじゃないけど聞こえてる」
「え?」
「ここは、サー・フランシス・ドレイク・ホテルで、もう着いた」
サンクが訊かれたことに応えると、
「誰? パパの携帯だよね?」
電話の向こうの少年が、訝しそうに、次の問いを持ち出して来る。
「ぼくはサンクというのが名前みたいで、これはパパの携帯ではなくて、シーナの携帯電話」
「シーナ? パパもいるの? 君、誰?」
「ぼくはサンク――」
「いいから、パパに代わって」
「パパという人はここにはいなくて――」
「シーナに代わってっ!」
相手の声に苛立ちが見える。
ふと、人の負の感情を増幅させる《chimera-翅》の姿が脳裏を過り、サンクは体を強ばらせた。
「聞いてるの? シーナに――」
「ダメっ!」
震えながら、サンクは言った。叫んだ、と言ってもいい。
「え?」
戸惑うような少年の声にも、
「怒るのはダメ! 《翅》が聞いたら、殺される!」
と、必死になってそれを訴える。
「《翅》……? 君……翅の生えた妖精を知ってるの? ぼくが夢に見てた、あの生き物のことを?」
少年の、声のトーンが変わった。少なくとも、さっきまでの苛立ちを含む声ではない。
サンクはホッとし、
「《翅》は妖精じゃなくてキメラで、夢で見たかどうかは知らない」
「キメラ……」
「シーナも、彼処の人たちもそう言ってた」
「彼処?」
「JNTバイオメディカル研究所」
「……。そこは、サー・フランシス・ドレイク・ホテルだって言ったよね」
「うん」
「ぼくから電話があったことは、シーナには言わないで」
「どうして?」
「ぼくも今からそっちに行くから、着くまで黙ってて。――出来るだろ?」
――出来るだろ、と言われれば、出来るか、出来ないか、の二択しかない。
そして、確かにそれは、サンクにも出来ることだった。
「うん」
そう応えると、電話はぷっつりと切れてしまった……。
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