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キメラ - 翅
同期する脳 5
しおりを挟むブレーキの利かなくなった車が、ガードレールを突き破った。
海を臨む断崖を、波間に突き出す岩に目がけて落ちて行く。
『降りて、シーナっ!』
淡い金髪と碧い瞳が、椎名を車の外に突き飛ばした。
――エディ!
『不思議だね、シーナ……。心がとてもやわらかい……。あなただけが、ぼくにやさしくしてくれた……。初めてで……とてもうれしかった……。だって、今までだれも、ぼくにやさしくなんかしてくれなかったから。だから、とてもうれしかったんだ。……ありがとう、シーナ』
――ありがとう……。
「――エディ!」
夢の中で叫んで目を覚ますと、全身汗で一杯だった。
冷たい海の感触が、今も体を包んでいる。
あの時、『エディ』が椎名を突き飛ばさなければ――車のドアが開かなければ、椎名も共に死んでいたに違いない。
あの車のドアは、偶然、閉め方が甘かったのだろうか。
それとも、銃撃を受けた際に壊れていたのだろうか。
今となっては知る術もない。
だが、『エディ』は椎名がそこから出られるものとして、ためらいもなく突き飛ばした。
椎名の背中に押されたドアは、勢いのまま外に開き、椎名を海に投げ出した。
そして、耳に届いた赤子の声……。
無我夢中で水を掻き、小さな命を掴み取った。
――あの日を夢に見るのは、これで何度目になるだろうか。
髪や瞳の色こそ違え、『エディ』そっくりに育っていく我が子の姿を、胸が詰まる思いで見守る日々に……。
椎名は再び眠りにつくことを諦めて、少し肌寒い夜の中に起き出した。
アメリカ国境近くに位置する美しい渓谷沿いのこの町は、のどかで、芳醇なワインを生み出している。
渓谷に沿って点在する大小五〇〇にも上る湖も、釣りやサイクリング、ハイキング……と、ここが水と太陽に恵まれた土地であることを裏付けている。
そんな広大な大地の一角に立ち――。
「エディ?」
椎名は、自分と同じように起き出して、玄関テラスで夜の明ける方角を眺めているエディの背中に声をかけた。
「パパ。――パパもぼくと同じ夢を見たの?」
すがるような眼差しで、何かを期待する言葉を、問いかける。
きっと彼は、その夢が何処かで起こっている現実だと、気付いているのだろう。
「……いや、昔の夢を見ただけだ」
椎名が応えると、
「そう……」
と、消沈したように、眉を落とした。
これからも、この夢は続いて行くのだろうか。
エディが夢で見ているモノが、このまま人を殺し続ける限り――。
何も知らなかったであろうその無垢な存在は、今、自分が人を殺せることを知ってしまった。そんな力が自分に備わっていることを確信し、一度だけでなく、すでに二度目を繰り返している、というのだ。そして今夜、恐らく、三度目を……。
それが、誰かを殺すことに禁忌を感じず、その行為をエスカレートさせて行ったとしたら、あの研究所はどうなってしまうのだろうか。
そして、その様子を怯えながら見ている『エディ』の分身、『ヒュドラー』は……。
彼が視ているモノにエディが同調してしまう限り、その逆もこの先起こらないとは言えない。
もし、『ヒュドラー』がエディの見ているモノに同調し、見えたものをあの研究所の誰かに話してしまったら、遠からずエディの存在に気付かれてしまう。
そうなってしまったら――。
「エディ」
「ん?」
「一週間ほどアメリカに行って来ようと思う。――留守番できそうか?」
椎名は、意を決して口を開いた。
もうこのままにしておく訳にはいかない。
「ぼくも一緒に――」
「パスポートがないだろう? 作っていたら遅くなる。必ず毎日電話を入れるし、隣のおばさんにも頼んでおくから、ここで待っていられるか?」
確かに知能は高いが、エディはまだ十歳の子供である。おいて行くのは心配だが、連れて行くことはそれ以上に心配で出来ない。
「……アメリカのどこに行くの?」
「夢のことが判るかも知れない」
「ぼくが見ている夢?」
――それだけでなく、椎名自身が見ている夢のためにも。
「夢の内容を詳しく話してくれるか?」
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