上 下
37 / 83
ヒュドラ― - 蛇

有性生殖 2

しおりを挟む


「逃げろっ、エディ!」
 椎名は水槽の中へと言葉を放った。
 潜水服を着た男たちが、開いた天ガラスから水槽の中へと身を沈める。それを見て、エディも水槽の片隅から翻った。
 だが、逃げ場のない袋のネズミ――水槽の氷魚だ。水面に出ようとしたところを、すぐに男たちに捕らえられる。男たちは、エディの足をガッチリとつかんだ。
「いやだあ――っ!」
 手足をバタつかせ、エディはこれから起ころうとすることに、叫びを上げた。
「やめろ! 彼を放せ!」
 椎名もその様子を見て、水槽へと足を踏み出した。
 透き通ったガラスを前にして、力一杯叩きつける。が――。
「クックッ。無駄なことですよ。そんなことで割れるようなガラスではない。数トンの鉄球を打付けたところで、傷一つ付きはしない」
 嘲笑う言葉が、背中に届いた。
 その言葉の通り、ガラスは見事な強度を誇っている。
「クソォっ!」
「おい、その男を押さえて置け」
 テイラーが、マシンガンを構えるダーク・スーツのガードたちに、言葉を投げた。
「はっ」
 すぐに数人が歩み寄り、椎名の背後から手を伸ばした。
「触るな――っ」
「撃ち殺してもいいんですよ。『あれ』の生殖を見せる前に」
 水槽から連れ出されるエディを見て、テイラーが言った。
 どうすることが出来た、というのだろうか。
 椎名はその口惜しさにこぶしを結び、手のひらに爪を食い込ませた。
 潜水服の男たちに捕獲された美しい氷魚が、水滴を落としながら実験台へと運ばれて行く。
「いやだ! もういやだあ――っ!」
「暴れればどうなるか解っているだろう? もう一度水槽に連れ戻して、電気をかけておとなしくさせてから実験を始めてもいいんだ」
 テイラーの言葉に、エディの碧い瞳が凍りついた。
 彼は今までずっとそうされて来たのだろう。テイラーの言葉に首を振る度に電気をかけられ、従順にされ――。今も、電気をかけられる痛みに、哀れなほどに脅えている。
「いい子だ。この美しい容姿、白い肌、まだ幼い胸の膨らみ、やっと形を成した生殖器……。これこそ完璧な姿だ。この姿から、私にどんな子を見せてくれるのか楽しみだよ」
 水に濡れた肌を弄り、テイラーは狡猾な瞳を薄く細めた。
「や……いや……」
 彼を放っておける、というのだろうか。このまま黙って見ていることが出来た、と――。
「エディ――」
 椎名は、憤るような思いを胸に、足を一歩踏み出した。
 だが、マシンガンを持つガードたちが、その行く手を塞ぎ止める。
「あなたではなく、『あれ』を撃つことも出来るんですよ。何しろ、『あれ』の傷はすぐに治る。何度撃ったところで、構いはしない。まあ、その度に、『あれ』は気を失うほどの痛い思いをすることになるでしょうが」
「……」
 その言葉に、椎名は足を止めることしか出来なかった。
「どうです、ドクター.椎名? 『あれ』の美しさは。誰もがこの美しい神秘に魅せられる」
「……」
 ――魅せられる……。
 そう、なのだろうか。――いや、きっとそうなのだろう。椎名もまた、確かに彼を美しい、と思っていたのだ。
「や……見な……で……」
 実験台に拘束された四肢を震わせ、エディは、金の髪を脆く揺らした。
 水滴を纏わせ、冷たく凍える彼の姿は、何よりも美しく、不思議な魅了に満ち溢れている。
 その身に両性を持ち、雌雄同体ヘルマプロダイトとなった生物。無性的な生殖から、有性的な生殖が可能となった彼の肢体は、限りない神秘の結晶だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

おもらしの想い出

吉野のりこ
大衆娯楽
高校生にもなって、おもらし、そんな想い出の連続です。

処理中です...