15 / 83
ヒュドラ― - 蛇
女と少年 2
しおりを挟む「遅くなる? 夕食は?」
退屈なのだろう。エディはそう言って、椎名の応えを催促した。椎名が帰るまで、彼は部屋からも出ずに待っているだけなのだから、そんな催促が出るのも無理はない。
だが、彼を部屋から出す訳には行かないのだ。幼子のように何も知らない彼を一人で外へ出せばどうなるか……。それは、精神異常者を隔離する精神病院の在り方にも似ていたかも、知れない。
「いや――。外に食べに行こう」
椎名は言った。
電話の向こうではしゃぐ様子が、聞こえた。
後少し、他愛のないエディの話に付き合い、椎名は受話器を置いて席に戻った。
オーダーしたコーヒーが、届いている。それを口に含み、メントールの煙草に、火を、点ける。
『ぼく、こんなの初めてだ』
初めて……。彼の生活は、一体どういうものだった、というのだろうか。
人には他人に知られたくないことが一つや二つは必ずある。何も訊かず、そっとしておいて欲しいことが。
だから、きっと何も訊いてはいけないのだろう。
それでも……。
その声がかかったのは、椎名が二本目の煙草に火を点けてからのことだった。
「座ってもいい、リョウ?」
と、茶色い巻き毛の美しい女性が、傍らの椅子に手を掛ける。今日はその巻き毛も一つに束ね、シャープな学者としての姿を見せている。
「ああ、ドナ」
椎名は、隣の椅子を一つ引き出し、
「院長に会いに?」
と、煙草の煙を散らして、問いかけた。
「それを口実に、あなたに会いに」
「……」
「今夜、夕食に誘ってもらえるかしら? 今日は早いんでしょう?」
「ああ」
うなずいてから、椎名はさっきの電話のことを思い出した。エディと、夕食に出掛ける、と約束をしたばかりなのだ。
「もう一人一緒で構わないなら」
と、そのことを思い出して、付け加える。
「もう一人?」
ドナの表情が戸惑いに変わった。
「ああ。この間……」
それを――エディのことを説明する間に、ドナのコーヒーも届き、椎名も煙草を吸い終えた。
「――で、そのエディって子、あなたが面倒を見ているの?」
ドナが心配げな様子で、瞳を細める。
「記憶喪失の子供を放り出す訳にも行かないさ」
その『記憶喪失』という言葉は、説明を簡単にするために、椎名が使ったものである。
「それで、今まで部屋のものが失くなっていたり、荒らされていたりしたことはないの?」
さらに不審げな顔付きだった。
「ぼくには失くして困るものなんか一つもないさ……」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ワイルド・ソルジャー
アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。
世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。
主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。
旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。
ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。
世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。
他の小説サイトにも投稿しています。
女子竹槍攻撃隊
みらいつりびと
SF
えいえいおう、えいえいおうと声をあげながら、私たちは竹槍を突く訓練をつづけています。
約2メートルほどの長さの竹槍をひたすら前へ振り出していると、握力と腕力がなくなってきます。とてもつらい。
訓練後、私たちは山腹に掘ったトンネル内で休憩します。
「竹槍で米軍相手になにができるというのでしょうか」と私が弱音を吐くと、かぐやさんに叱られました。
「みきさん、大和撫子たる者、けっしてあきらめてはなりません。なにがなんでも日本を守り抜くという強い意志を持って戦い抜くのです。私はアメリカの兵士のひとりと相討ちしてみせる所存です」
かぐやさんの目は彼女のことばどおり強い意志であふれていました……。
日米戦争の偽史SF短編です。全4話。
Wild in Blood~episode dawning~
まりの
SF
受けた依頼は必ず完遂するのがモットーの何でも屋アイザック・シモンズはメンフクロウのA・H。G・A・N・P発足までの黎明期、アジアを舞台に自称「紳士」が自慢のスピードと特殊聴力で難題に挑む
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
日本国転生
北乃大空
SF
女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。
或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。
ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。
その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。
ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。
その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる