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ヒュドラ― - 蛇
女と少年 2
しおりを挟む「遅くなる? 夕食は?」
退屈なのだろう。エディはそう言って、椎名の応えを催促した。椎名が帰るまで、彼は部屋からも出ずに待っているだけなのだから、そんな催促が出るのも無理はない。
だが、彼を部屋から出す訳には行かないのだ。幼子のように何も知らない彼を一人で外へ出せばどうなるか……。それは、精神異常者を隔離する精神病院の在り方にも似ていたかも、知れない。
「いや――。外に食べに行こう」
椎名は言った。
電話の向こうではしゃぐ様子が、聞こえた。
後少し、他愛のないエディの話に付き合い、椎名は受話器を置いて席に戻った。
オーダーしたコーヒーが、届いている。それを口に含み、メントールの煙草に、火を、点ける。
『ぼく、こんなの初めてだ』
初めて……。彼の生活は、一体どういうものだった、というのだろうか。
人には他人に知られたくないことが一つや二つは必ずある。何も訊かず、そっとしておいて欲しいことが。
だから、きっと何も訊いてはいけないのだろう。
それでも……。
その声がかかったのは、椎名が二本目の煙草に火を点けてからのことだった。
「座ってもいい、リョウ?」
と、茶色い巻き毛の美しい女性が、傍らの椅子に手を掛ける。今日はその巻き毛も一つに束ね、シャープな学者としての姿を見せている。
「ああ、ドナ」
椎名は、隣の椅子を一つ引き出し、
「院長に会いに?」
と、煙草の煙を散らして、問いかけた。
「それを口実に、あなたに会いに」
「……」
「今夜、夕食に誘ってもらえるかしら? 今日は早いんでしょう?」
「ああ」
うなずいてから、椎名はさっきの電話のことを思い出した。エディと、夕食に出掛ける、と約束をしたばかりなのだ。
「もう一人一緒で構わないなら」
と、そのことを思い出して、付け加える。
「もう一人?」
ドナの表情が戸惑いに変わった。
「ああ。この間……」
それを――エディのことを説明する間に、ドナのコーヒーも届き、椎名も煙草を吸い終えた。
「――で、そのエディって子、あなたが面倒を見ているの?」
ドナが心配げな様子で、瞳を細める。
「記憶喪失の子供を放り出す訳にも行かないさ」
その『記憶喪失』という言葉は、説明を簡単にするために、椎名が使ったものである。
「それで、今まで部屋のものが失くなっていたり、荒らされていたりしたことはないの?」
さらに不審げな顔付きだった。
「ぼくには失くして困るものなんか一つもないさ……」
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