上 下
501 / 533
十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王

十九夜 白蛇天珠の帝王 42

しおりを挟む


 こんなに突然、何一つ伝える時間もないままに、全てが消えてしまうなんて……。
 花乃は、有雪はもちろん、白烏さえ消えてしまった家の中で、立つことも出来ずに茫然としていた。
 角端も、花乃に見切りをつけて消えてしまったし、結局、ここに残ったのは、まだ気を失ったまま倒れている新堂猛だけで……。
 こんなことになるのなら、角端に渡された黄玉芝を、有雪に渡したりしなかったのに――。
 いや、またいつもの悪い癖で、自分のことばかり考えてしまう。教祖の娘として、自分中心に過ごして来た日々から、変わりたいと思っていたはずなのに。
 有雪が元の時代に戻れたのなら、誰よりも歓んであげるのが当然なのに。
 それでも、お礼一つ言う時間がなかったことが、辛すぎて――。いや、本当は、そんなことを言いたかったわけではない。もちろん、感謝の気持ちは山ほどあったが、本当に言いたかったのは……。
 伝えたかったのは……。
 ――わかっている。
 違う時代の人間なのだから、結ばれることなどあり得ない。
 それでも……ただ気持ちを伝えたかった。
「馬鹿ね」
 もし、あの時、そんな時間があったとしたら――、言わなくてもいい気持ちを伝えて、有雪を困らせることになっていたかも知れない。
 そんな一方的な花乃の気持ちを伝えられたら――。
 戻らないで、と泣きつかれたら――。
 有雪はきっと帰る機会を失くしただろう。
 だから、これで良かったのだ。
 この別れだけは、全てを仕組んだ誰かに感謝をしてもいいはずだ。
 そんなことを考えていると、
「あ、ここじゃないか? 角端のエラソーな匂いも残ってるし」
『エラソーな匂いなんかしないよ……』
 玄関ドアの向こうから、何やら少年のものらしい声と、聞こえるはずのない誰かの溜息まじりの声が聞こえた。そして――。
 ――角端。
 花乃は、耳に届いたその名前に、急いで立ち上がってドアを開けた。ちなみに、気絶したままの猛の体は跳び越えた。
「……あなたは?」
 目の前に立つ少年に問いかける。
 神秘的な容貌の少年だった。着ているものは普通だったが、漆黒の髪は鴉の濡れ羽のようで、透き通るような肌に嵌めこまれた瞳は、黒曜石のよう――。まるで、夜の精霊のような美しさだった。
「オレは、舜。――おまえだろ、女帝って」
 舜と名乗った少年が言うと、そのすぐ後に、真っ白な髪の、これもまた美しい少年が現れて、
「くそっ! やっぱり勝手に来てたな! おまえが関わるとロクなことにならないんだから、来るなと言っただろ!」
 と、二人して喧嘩を始めてしまう。
 ロクなことにならないとか――すでにもうとんでもない目に遭った後なのだが。
「あの、どういうことなの? 女帝とか、あの角端って言う子供とか……」
 花乃は、未だに解らないままになっている疑問を、喧嘩中の二人に問いかけた。
「なんだ。あいつ、何にも言ってないのか。――よし、ちょうど索冥もいることだし、オレが話してやる。――入ってもいいか?」
 何が『ちょうど』なんだか――いや、説明の細かい部分は索冥に丸投げするつもりで言っているのかも知れない。
『だ、大丈夫かな、舜で……』
 そんなデューイの不安に応えるように、
「……。俺が話す」
 索冥が言った。
「俺と角端は麒麟だ」
「……麒麟?」
「それから、こいつは、おまえと同じ……」
 突然現れた少年たちの説明は、それからしばらく続くことになった。
 そして、仲が良いのか悪いのか、お互いにツッコミ合いながら話をする二人の様子を見て、花乃は帝王について考え始めていた。
 望んでなりたいと思ったわけではないが、花乃に帝王となる機会を与えるために、わざわざ千年余の過去から有雪を呼び、生かしてくれた誰かがいる。
 それなら、少しは前向きに考えてみようか、という気持ちにもなっていた。
「――で、角端が黄玉芝を持ち出したから、絶対、あんたに渡すつもりだと思ったんだ」
 舜、という、こちらも帝王として選ばれずにいる少年が、言った。
「黄玉芝……って、あの不思議な形の茸のこと?」
「なんだ、何も知らずに受け取ったのか?」
 受け取ったどころか、そのまま有雪に渡してしまった。
「あれはなぁ――」
 この後、まだまだこの二人の話は続くことになるのだが、それはまた、いつか機会があれば書くことにして――。
「絶対、今回のことも、黄帝が裏で糸を引いてるに決まってるんだ! 白髪頭の変態男が現れても、迂闊に気を許すんじゃないぞ!」
 帝王未満のよしみとして、舜が教えてくれた情報に少し偏見を感じながら、花乃は自分が早くも立ち直りかけていることを知ったのである。
 ――もしかしたら……有雪さんが、あの黄玉芝を口にしていたら、またこの時代で会うこともあるのかしら。
「いや、知らない奴は、あんな奇妙な茸、食べないだろ」
 そんな舜のツッコミには、笑うことさえ出来ていた……。
 何しろあれは、角端の情け――。「情けは与えてやろう」というその言葉の通り、有雪がこの時代で死んでしまわぬよう、白烏の手に渡るように持たせてやったに違いないものなのだから。
 それは、仁の霊獣である麒麟には、最も相応しい情けであったかも知れない。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら私はラスボス魔王の娘に憑依したらしい。

枝豆@敦騎
ファンタジー
毒親から逃げ出して再出発しようとした矢先、電車の事故で死んだ私。 目が覚めるととんでもない美幼女に憑依していた。 しかも父親は魔族の王、魔王。 どうやらこの魔王もろくでもない親らしい……だけど私が憑依してからデレ期が発動したようで…。 愛し方を知らなかった魔王とその娘に憑依した私が親子になる物語。 ※一部残酷な表現があります。 完結まで執筆済み。完結まで毎日投稿します。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

西遊記龍華伝

百はな
歴史・時代
ー少年は猿の王としてこの地に君臨したー 中国唐時代、花果山にある大きな岩から産まれた少年は猿の王として悪い事をしながら日々を過ごしていた。 牛魔王に兄弟子や須菩提祖師を殺されその罪を被せられ500年間、封印されてしまう。 500年後の春、孫悟空は1人の男と出会い旅に出る事になるが? 心を閉ざした孫悟空が旅をして心を繋ぐ物語 そしてこの物語は彼が[斉天大聖孫悟空]と呼ばれるまでの物語である。

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

転生先の異世界で温泉ブームを巻き起こせ!

カエデネコ
ファンタジー
日本のとある旅館の跡継ぎ娘として育てられた前世を活かして転生先でも作りたい最高の温泉地! 恋に仕事に事件に忙しい! カクヨムの方でも「カエデネコ」でメイン活動してます。カクヨムの方が更新が早いです。よろしければそちらもお願いしますm(_ _)m

約束の子

月夜野 すみれ
ファンタジー
幼い頃から特別扱いをされていた神官の少年カイル。 カイルが上級神官になったとき、神の化身と言われていた少女ミラが上級神官として同じ神殿にやってきた。 真面目な性格のカイルとわがままなミラは反発しあう。 しかしミラとカイルは「約束の子」、「破壊神の使い」などと呼ばれ命を狙われていたと知る事になる。 攻撃魔法が一切使えないカイルと強力な魔法が使える代わりにバリエーションが少ないミラが「約束の子」/「破壊神の使い」が施行するとされる「契約」を阻む事になる。 カタカナの名前が沢山出てきますが主人公二人の名前以外は覚えなくていいです(特に人名は途中で入れ替わったりしますので)。 名無しだと混乱するから名前が付いてるだけで1度しか出てこない名前も多いので覚える必要はありません。 カクヨム、小説家になろう、ノベマにも同じものを投稿しています。

処理中です...