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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 37
しおりを挟む「ダメ――っ! 先に自分の輪を切って、有雪さん! 私は白蛇天珠に守られてるから、きっと大丈夫! だから、有雪さんの輪を先に――」
花乃は言ったが、
「それは出来ぬ。あの九尾狐は、その白蛇天珠の力をも取り込もうとしている妖狐。天珠の力ごときが通じる相手ではない」
「――」
もちろん、そんなことは解っている。
だが、そうしなければ、有雪は……。
「俺のことは案ずるな。死ねば夢から醒めて、元の時代に戻るだけだ」
「そんなはずない! 有雪さんは生きてここにいるんだもの、これは夢なんかじゃない! お願い、早く切って!」
有雪がこの時代に来なければ、花乃はすでに『捨て呪』の呪いによって、今の猛のようになっていたはずなのだから――。これ以上有雪を自分の周りで起こっていることに巻き込んでしまうことは出来ない。
だが――。
「それは出来ぬ」
有雪は言った。そして、猛の方を睨みつけ、
「さあ、その輪を切るがいい」
と、手を袂に挿し込んだ。
すでに呪が刻まれた石とはいえ、有雪と猛の間には距離がある。そして、猛の指は、花乃の輪を少し引くだけで、事足りる。
「ああ、いいとも。今、望み通りにしてやる」
猛の手が、呆気ないほど簡単に、花乃の首にかかる玉藻前の金尾毛を引き絞った。
花乃の首に金尾毛が食い込み、切れる刹那を花乃に伝える。
有雪の手が、袂から取り出した石を投げ放つのは見ていたが、それ以上は見ていることが出来なかった。
ぷち、という厭な感触と共に、烏の鳴き声が鋭く響いた。
「いやあああ――っ!」
血飛沫の飛び散る音さえ、耳に届くような静寂だった。
そして、ドサっと何かが堕ちる音と、カツン、と石の転がる硬い音――。
花乃の首を、切れた金尾毛が微かに撫で、無情な感触を肌に伝えた。
結局自分は、有雪に助けてもらうばかりで、何一つ有雪のためには出来なかったのだ。もとの時代に戻してあげることはもちろん、この忌まわしい九尾狐の呪を解くことさえ。
その無力感に立ちつくしていると、
「こ、これは……どういうことなんだ? 俺は何を……?」
正気に戻ったらしい猛の声が耳に届いた。恐らく、死の間際に投げ放った有雪の石が、猛の憑き物を封じたのだ。
だが、その有雪は、もう……。
花乃は、涙に濡れる瞼を、ゆっくりと上げた。
現実から目を逸らしてばかりいることは出来なかった。有雪のためにも――。
だが、そこには……。
「……有雪さん?」
有雪の首には、血が微かに滲んでいるだけで、体と離れることもなく、くっついている。
なら、玉藻前は嘘をついたというのだろうか。互いが自分の呪を断ち切れば、相手の首が落ちるだなどと――。いや、そんなはずはない。花乃はあの時、聞いたのだ。咄嗟に目を瞑ってしまった時、何かが落ちる鈍い音を……。
だが、有雪の首も、花乃の首も、落ちずに体にくっついている。
なら……。
「……どうして?」
花乃が訊くと、
「こいつが助けてくれたらしい……」
有雪の腕の中には、流れる血で赤く染まった、元は白いはずの、烏、が、いた……。
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