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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 36
しおりを挟む坂崎が帰った家の中で、花乃は、後ろでずっと話を聞いていたであろう有雪の方を振り返った。
肩には変わらず、白い烏が乗っている。
「私……」
何を言おうか考えていると、また玄関のチャイムが鳴った。
「――坂崎さんたら、何か言い忘れたのかしら」
――全く、少しもゆっくりする時間がない。
わざわざインターホンのモニター画面を確認しに行くこともなく、花乃は玄関のドアを開けた。
そすると、そこには新堂猛が立っていて――。
「やあ。やっと話が出来そうだ。金閣寺では放って帰って悪かったね。それを怒ってるんだろう?」
と、にこにことした笑顔で言った。
最初、何の事だか解らなかったが――何しろ、金閣寺、という言葉で思い出すのは、今では有雪の顔になっているのだから――それでも、「ああ、仕事に戻ったことを言っているんだわ」と理解し、
「別に怒ってなんかないわ。――それをわざわざ?」
花乃は訊いた。
そんなこと、電話でもメールでも良かったのに――。いや、猛が今までそんなことをわざわざ言ったことは無かったはずだった。だから花乃も、『そんなことをわざわざ』と思ったのだから。
それに、何だか猛の立っている場所が暗く見える。陽が陰ったわけではなさそうだったが、何かの影がかぶさっているようで――。
「離れろ、花乃! その男は、あの『捨て呪』に封じられていたモノに憑かれている!」
有雪の声が背後から聞こえた。
ハッとしたが、それと同時に、「ああ、だから暗く見えたんだ」と、冷静なことも考えていた。――とはいえ、今までの花乃なら、そんなものなど見えも感じもしなかったはず。やはりこれも、あの白蛇天珠の力なのだろうか。
刹那にそれだけのことを考えたのだが、すぐ側に立っていた猛には、そのわずかな時間だけで充分だった。花乃の腕をがっちりと掴み、迷うことなく首に巻きつく金色の尾毛――玉藻前の金尾毛に指をかけた。
「え……」
何故、猛がこの玉藻前の呪のことを知っているのだろうか。
「……おまえ、あの九尾狐に誑かされ、憑き物を渡されたな? 何を持たされたのじゃ?」
厳しい顔で、有雪が訊いた。
花乃を掴んでいた猛の手が、ポケットの中から一つの磨き抜かれた瑪瑙を取り出す。
もちろん、手を離してもらえたからと言って、首の輪に指をかけられている状態では、花乃は逃げることも適わない。
「何、それ……? 白蛇天珠と同じ形……」
色は違うが、形は、あの花乃が踏んで壊してしまった白蛇天珠と同じだった。
花乃の問いに応えたのは、有雪だった。
「おまえの中に移り宿った白蛇天珠を、今度はその玉の中に移しかえるつもりなのだ」
「そんなこと、どうやって?」
――いや、答えを聞く前からある程度予測していたのかも知れない。
「器が壊れれば、聖虫は天に還るか、代わりの相応しい器に移り宿る――恐らく、そういうことなのだろう」
――やっぱり。
猛は花乃を殺すつもりなのだ。――いや、花乃を殺すつもりなら、有雪の首の輪を切らなくてはならない。それとも、先に邪魔な有雪を殺し、その後で花乃を始末するつもりなのだろうか。
もちろんそれをやってのけるのは猛ではなく、猛の中に巣食っている、あの黒い靄のような憑き物なのだろうが……。そう。猛自身は、口の方は上手くても、こういうことが出来るような人間ではなかった。
「ダ、ダメよ、猛さん……! 首の輪は切らないで。これは……」
これを切られては、有雪の首が落ちてしまう。
「知っているとも。まずはあいつからだ」
やはり、先に有雪を殺してしまうつもりなのだ。
有雪の手が、白装束の袂に伸びる。あの『捨て呪』として使われていた石に、猛の中の憑き物を封じるつもりなのだろうが、今、猛は指を少し動かすだけで、有雪を殺してしまえる立場にいるのだ。
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