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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 35
しおりを挟む「……ヒトというのは、魔物の類より恐ろしいものかも知れぬな」
数日前、呪に囚われて泣きじゃくっていた姿とは打って変わって、胸を張って真っ直ぐに志を語る花乃の姿に、角端は小さく呟いた。
「ふふ。そうでございましょう? 妾など愛らしいもの」
絶世の美姫がしなをつくる。
「永遠に等しい時間を生きる我らは、変わることにさえ時間がかかる。たかが数日でこうも変われるとは、ヒトとはまことに恐ろしいものよ」
「妾に《女帝の誕生劇》を見せてくださると?」
「まさか。あの程度で帝王など、愚にもつかぬ」
「それは残念。――したが、人でありながら神として崇められたのは、彼女だけではありますまい」
遥か昔、処女から生まれ、洗礼を受けて宣教を始めたその者は、自らを神の子、救世主と名乗ったために、裁判にかけられ、磔刑にされた。
その者は磔刑のまま晒され、その後、埋葬されることになったが……。
だが、それだけでは終わらなかった。その者が永きに渡って神として崇められたのは、死からの復活、という大きな奇跡があったからに他ならない。
「貴方様なら、同じ奇跡も起こせましょうに」
「……」
「さすれば人々は、あの小娘を神として、永きに渡って信奉するに違いありませぬ。――たとえば、蓬莱山にしか生えぬと云う、不老長生の霊芝……」
「――」
「年も取らず、永きを生きる彼女の姿に、人は神の姿を重ねるでしょう」
「……。ふん。面白くもない芝居の筋書きだ」
花乃の言葉を聞いた坂崎は、何とも言えぬ不思議な気持ちで、塚原の屋敷を後にしていた。
これまでは、教祖の娘とはいえ、取るに足らない小娘で、どうとでも動かせると思っていたのに、あの説法を聞いてから――いや、説法を聞いた信者たちの姿を目の当たりにしてから、何かが心に引っかかっていた。
わざわざ新堂猛の弱みを掴み、花乃を手中に収めようと目論んでいたのに、今はもう、そんなことなどどうでもよくなってしまったのだ。
もしかすると、塚原正芳が意識を取り戻したのも、花乃の力ではないか、とすら思えていた。
塚原正芳は、確かに雄弁でカリスマ性があるが、生死の淵から甦るような力を見せたことは一度もない。奇跡を起こす類の人間ではないのだ。
だが、花乃なら……。
いや、そんなことはあり得ないだろうが、要は信者がそう思い込むほどの何かを秘めている、ということだ。
「よし、教団は花乃様の代になっても安泰だぞ」
金儲けのことも忘れるわけにはいかない立場なのだった。
「――おや、あれは……」
車で塚原の家を離れる中、チラリと垣間見えたのだが、あれは新堂猛だったに違いない。
坂崎は、清清しい気分を殺がれるように、溜息をついた。
あんな男に頼ろうとした自分が馬鹿だったのだ。まあ、すでに花乃は教祖である父親の代わりに、大学が休みの時は東京に戻って信者の前に姿を見せてくれると約束してくれたのだし――。もう、今更あんな男に用は無い。
新堂猛にしても、花乃に会い、春休みにまた信者たちのために戻って来る、という花乃の言葉を聞けば、自分の出番がなかったことに呆気にとられ、少しは己の無力さを知るだろう。――いや、あの男はそれほど賢くないかも知れない。
とにかく、花乃は男の言うことに左右されるような娘ではなかったし、猛ごときに振り回されるような娘でもない。
塚原は安心すると、本部に戻るためにアクセルを踏んだ……。
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