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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 27
しおりを挟む病院に着くと、《創世の礎》の幹部である坂崎の案内で、花乃と有雪はCCU (Coronary Care Unit)へと通された。重篤な冠疾患患者のための集中治療室である。
花乃の父、塚原正芳――教団の教祖、塚原正芳は、ベッドに意識もなく横たわっていた。
深夜、塚原が倒れた時の音を聞いて、妻の幸恵が階下のトイレに下りて行った時には、塚原の意識はもうなかったという。急性の心筋梗塞で、心室細動を起こしたために、心臓はポンプの役目を果たすことが出来なかったのだ。
救急車を呼び、人工呼吸や心臓マッサージで心肺蘇生を試みたが、結局、病院に運ばれても、意識が回復することは無かった。
今は、出来る限りの治療を施し、このまま戻らないであろう意識を見守っている状態である。
「お嬢様、どうぞ、お側へ」
教団幹部の坂崎が言った。
塚原のベッドの傍らに腰かける妻の幸恵も静かにうなずく。
「パパ……!」
花乃は、ドアの前で見送る有雪の元を離れ、父親の眠るベッドに駆け寄った。
元気だった人間が、突然こんな風に倒れてしまい、話すらできなくなってしまう現実を、花乃はまだ信じることが出来なかった。声をかければ、いつもの通り目を開き、花乃に笑いかけてくれるのではないか、と思っていたのだ。
だが、塚原の目は開くこともなく、何一つ反応も見せなかった。
一気に喪失感が押し寄せて来た。
「パパ! 聞こえるでしょ、パパ! 私よ。花乃よ。お願い、目を開けて、パパ!」
花乃は、懸命に、祈るように、意識無き父の体にすがりついた。
百万を越える信者を束ねる教祖として、毎日忙しくしていたが、花乃には優しいだけの父親であったのだ。
「パパ……お願い……。返事をして、パパ……」
泣きじゃくる花乃の肩を、母の幸恵が優しく包む。
体中が暖かく、何だか心持ち部屋の中が明るくなったように、感じた。
有雪は、目の前に見えるその光景に、しばし呆然と魅入っていた。
父親にすがりつく花乃の体が、仄かな白い光に包まれて、そこだけ微妙に周囲と温度が違うように感じられたのだ。
もちろん有雪はドアの前で眺めていたのだから、実際に温度を感じたわけではないのだが。
花乃の首や顔、服から覗く手の甲に、細かい蛇の鱗が浮き出ているようで、それでもそれは爬虫類とはまた違った、この世の生き物ではない様を見るようだった。
そして、それは有雪以外の誰にも視えてはいないようで……。
そもそも有雪には、幼少の頃から人には見えないものを視ることがよくあったのだ。今、有雪以外の誰にも視えていないと知っても、別段驚くようなことではなかった。
そんなことよりも、初めて見る医療機械や、想像もつかない医療設備の方が、余程、度肝を抜かれるものであった。
そんな中――、
「パパ……?」
花乃の声が、悲愴なものから、戸惑いと希望を現すものに、変わった。
見れば、意識なく眠っていた塚原の瞼が震えて開き、動くことのなかった指が、意思を持って花乃の方に持ち上がったのだ。
「あなた――」
妻の幸恵も驚いた様子で、身を乗り出す。
医者には、もう意識は戻らないだろう、と言われていたのだから、その驚きがどれほどのものであったか――。
それは、臨終に立ち会うために訪れていた、教団の幹部たちも同じことで――。
「き……奇跡だ!」
誰かが、そんな言葉を持ち出した。
「教祖様のお力だ!」
「先生を呼んで来ないと――。いや、ナースコールを!」
CCUはたちまち賑やかになった。
だが、有雪には、判っていた。あれが、教祖である塚原の力などではなく、恐らく、花乃の中に宿る力であろうことは……。
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