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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 25
しおりを挟む今日も蓬莱山の頂は白く、蛟龍宮の黄金色の屋根だけが唯一の色で、木々も草花も土も石も、全てが生命を持たない、真白な姿で存在していた。
そこは、麒麟たちの住まう異境でもある。
渤海に浮かぶ三神山とも云われているが、それを確かめることのできる者が、果たしてこれまでにいたのかどうか。
ここには、仁の霊獣たる麒麟たちが、殺生をしなくても済むように、生命あるものは何も芽吹かなかった。
「あら、角端、帰ってたの?」
洗濯物でも干していたかのような呑気な口調で、そう言って声をかけて来たのは、一番長く目醒めている麒麟、黄麟だった。
金色に輝く長い髪と、全てを見透かすような眼差しは、かの帝王を見るようで、角端には面白くない。
しかも、その傍らには、かの帝王の息子だという少年がいる。
「帝王でもない者を蛟龍宮に入れるな、黄麟」
細かいことに拘らないその麒麟に一瞥を投げつけ、角端は白い廊下を奥へと進んだ。が――、
「げっ! あれが、あの時寝てたガキなのか? もの凄くエラソーな上に、可愛げのかけらもないじゃないか……!」
黄麟が連れ込んだ無作法な少年の声が、背中に届いた。
「シュ、舜! 聞こえるよ!」
本来なら、声を伝えたい相手の鼓膜を震わせないと聞こえないはずの、灰の姿の青年の声も、この蛟龍宮の中では、麒麟に届く。
角端はピタリと足を止めた。
「黄麟、長く目醒めているからと言って、おまえに特権があるわけじゃない。図に乗るな」
帝王でも何でもない輩などには見向きもせず、それだけを言って、角端は再び足を進めた。
「へ? オレ、無視?」
「私たちみたいに退屈してるわけじゃないから、大変なのよ、角端は。またすぐに帝王が死んじゃったら、元の木阿弥だもの」
黄麟の方も、負けてはいないほどに、意地が悪い。明らかに、角端に対する厭味である。
「あんな娘に期待などしておらぬ」
結局、どちらも負けず嫌いなのだ。
「あら、今度の帝王って女帝なの? それは災難ね」
「――」
角端の表情が険しくなった。
「なんで災難なんだ? 女帝なんて面白そうなのに」
舜の疑問に、黄麟は、
「確かに面白いかも。ハトシェプストやクレオパトラ、武則天、西太后、エカテリーナ……歴史を紐解けば、愛欲や嫉妬、欺瞞――女帝の頭の中には俗世の悩みが一杯で、退屈しない人生を約束されたようなものだわ」
それが、災難の意味なのだろう。
「黒帝は誰よりも強くて誰よりも優れた支配者だったのに、おまえの帝王が姑息な手段で陥れたせいで死んだのではないか!」
こぶしを結んで、角端が言った。
「そうねェ、強い力だけでは駄目だったのね、きっと」
そんな二人の声を聞きつけたのか、他の麒麟たちが厄介事の処理をするようにそこかしこからのそりと出て来る。
「ほらほら、そこまでだ。おまえたちは何で寄ると触るとそうなんだよ」
赤い髪を束ねる青年の姿の麒麟、炎駒が手をひらひらと振りながら、呆れ顔で仲裁に入る。
「――っていうか、子供相手に、黄麟が大人げないんじゃないのか」
喧嘩両成敗、というような炎駒の口調に、そう言って割り込んだのは、舜だった。
その言葉に、五人の麒麟の視線が、死に切れない一族の少年に向くことになるのである。
「子供って……。この中じゃ、おまえくらいだろ、子供は?」
少年の姿の白麒麟、索冥が言った。
舜も一応、索冥と同様、十七、八歳の少年の容姿だが、十年ほど死んでいた期間があるので、生まれてからの年だけ数えるなら、立派な大人である。
「この黒麒麟の方がもっと小さいぞ」
「俺たち麒麟に姿形が関係あるわけがないだろ」
「そうなのか?」
一同、沈黙――。
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