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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王

十九夜 白蛇天珠の帝王 23

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「この男が教祖様の?」
「娘の恋人よ。女たらしの詐欺師みたいな奴だけど」
 美香――ということにされてしまった女、(取り敢えず)美香は、酔い潰れて眠る新堂猛のだらしない姿を、顎でしゃくった。
 ここはホテルの一室で、酔い潰れた猛を、今、二人でベッドに横たえさせたところである。
 一日に二度、しかも別の女とホテルに入る男も珍しいだろう。――いや、羨ましい、という言葉の方が、この際合っているだろうか。状況を見れば、一概にそうは言えそうもないが……。
「こんな顔だけの男に騙される女が、次期教祖になれるのかねぇ」
「なってもらわなきゃ困るから、私に誘わせたんでしょ。ちゃんとお金、払ってよ」
「ああ、写真を撮ったらな。悪い芽は摘んでおくに越したことはない」
 どうやら男の方は、教団の人間らしい。普通に背広など着ていると、その辺りの会社勤めの人間と見分けがつかない。こういう人間のことを、華がない――カリスマ性がない、というのだろう。
「教祖なんてものは、才能や不思議な力のあるなしじゃない。カリスマ性だ」
 その点、花乃の父親、塚原正芳まさよしには華があった(ちなみに、信者たちには正芳しょうほう様と呼ばれている)。壇上に立って話をするだけで輝き、人を惹きつけるオーラのようなものを持っているのだ。――特別な能力は何も持っていなかったが。
「私の方が向いてるかもよ」
 そんな美香の言葉を鼻で笑い、
「名前を忘れられる女に、カリスマ性がある訳ないだろ」
 確かに男の言う通りである。
「あの教祖の娘の方がもっとなさそうだけど」
「血があればいいのさ。教祖の娘、っていうブランドが」
「そんなものかしら?」
「ああ。信者はそれで満足する。全財産を寄付するほどにな。――もっとべったりくっついて、上は全部脱いでくれ」
 後の言葉は、ベッドに横たえさせた新堂猛の横で、写真撮影用にくっつく美香へのものである。男は、既成事実を写真にとって残すために猛を酔わせ、このホテルに運んで来たのだった。
「ええ――っ。肩が写ればいいでしょ。毛布をかぶったら判らないんだから。――顔は写さないでよ」
「ああ。まったくうるさいな」
「肩を見せるなら割増料金よ!」
「……」
 カリスマ性はともかく、金銭感覚だけはしっかりしている。
 今、宗教には儲かる宗教と、儲からない宗教がある。もちろん規模にもよるが、日々色々な新興宗教が現れ、消えて行く中、塚原正芳が教祖として立つ《創世の礎》は、活動信者数だけでも百万人を越え、それ以外の非活動信者を含めると、その数倍になるのでは、と言われている。もちろん、一旦入信して、その後、退会した者も含まれているが。
 とにかく、こんな金の生る木を手放す訳にはいかないのだ。
 政治家だって、選挙の票欲しさに、へいこらと教団に媚び諂って来るご時世。
 まるで、王と王族のように、力を持っているのが宗教なのだ。
「よし。これでいい」
 写真を撮り終えると、男は満足そうにうなずいた。
 これで、この新堂猛という似非弁護士は、いつでも教団の手ゴマに使える。もちろん、教祖の娘に手を出させるなどとんでもない。必要な時は、大学から教団に連れ戻す役割さえ買って出てもらわなくては――。
 そんなことを考えていた時だった。背広のポケットの携帯電話が鳴り出して、
「俺だ」
 男は着信相手を確かめてから、電話を取った。
 そして――。
「冗談だろ? 昼間お話しした時は元気だったぞ!」
 と、相手の言葉に驚愕する。
「……。わかった。――ああ、大丈夫だ。お嬢さんは連れて帰る。あの方がいなくなったら、教団は潰れちまうからな……」
 教団の思いがけない危機だった。
「ねぇ、何かあったの?」
「教祖様がお倒れになった……」
 カリスマ性のある教祖がいなくなったら、信者はどんどん離れて行ってしまう。それこそ、加速度的に――。
 ――ここは、急場しのぎでも何でも、教祖の娘をそれらしく仕立てて、信者の前に出さなくては……。


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