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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 11
しおりを挟む洛中で最も古い歴史を持つ蔵元『鴨居酒造』は、江戸時代に創業し、今も変わらず京の銘酒を作り続ける醸造元である。
一切の濾過をせず、無濾過、生酒、原酒であることに拘った純米大吟醸酒《神天珠》は、数ある鴨居酒造の銘柄の中でも絶品である――と、伯父の鴨居幸助は言っている。
門の先に続く立派な石畳の奥には、店先の飾りとして積まれた酒樽が左右に三個ずつ並べ積まれ、京の町屋の風情を残して新築された酒蔵の表玄関には、風情のある暖簾が掛かっている。
店の中に灯る黄色い明かりは、外へと漏れて、美しい。
「ほう。これはかなりの店構え。おまえ、大店の娘だったのだな」
有雪の言葉に、
「しーっ! 声を立てないで! 言ったでしょ。ここはママの実家よ」
「……? 先程も言っていたが、その『まま』というのは飯のことなのか?」
「……」
――本当に変な人。
もしかすると、外国人とか、帰国子女とか……。いや、この感覚のズレはそのレベルではない。まるで、違う時代に生きているようで――。
「こっちよ」
ここで、これ以上話を続けるのも自滅行為なので、明かりの方には近づかず、石畳を逸れて白玉砂利を踏み、勝手口の方へと回り込む。
薄く扉を開き、誰もいないのを確かめてから、
「静かにね」
二人は、花乃の部屋へと音を立てないように急いだのである。
店も新築なら、二階にある住居も新築。米洗いから容器詰めまで行う酒蔵も真新しく、設備も最新のものが揃っている。
「……酒屋とは儲かるものなのだな」
花乃の部屋に落ち着くと、外身も中身も立派な家屋敷を見て、有雪が言った。
「そ、そうね……」
多分、花乃の父親から金が出ているのだろう。
花乃の父は、政治にも影響力を持つと言われている、巨大な宗教団体の教祖をしている。金などいくらでも集められる立場にいて、金銭感覚も一般家庭とは違うのだから。
花乃は京都の大学に来て、伯父夫婦の家に居候し、働く人々の姿を見て、バイトに明け暮れる学生たちを見て、色々なことを覚えて来たから、何となく判る。普通の家庭の金銭感覚というものが。
京都へ来たばかりの頃は、出掛ける時も父親のファミリーカードでタクシーに乗り、欲しい物は全てカードで買い――家にいた頃と同じように暮らしていた。
だが、今は……。
市バスや地下鉄に乗ることを覚え、手頃な価格の物を探すことを覚え、皆と同じようにしたい、と思うことが多くなった。
――恋だって……。
「こたつで寝てね。ベッドに近づいたら追い出すから」
小さな一人暮らし用のカジュアルこたつを有雪に示し、花乃は自分はベッドに座って厳しく言った。
「――べっど?」
「これっ。私の寝るところ」
愛らしいベッドカバーを掛けた寝台を叩き、断固たる固い意思を見せつける。
――美形だからって、絶対に誘惑なんかされないんだから!
それにしても、なぜ、一々こんなことを説明しなくてはならないのだろうか。
そう言えば花乃は、この男が何処から来た誰なのかも知らないのだ。――いや、K市から来た陰陽師だと言っていたが、その説明自体がすでに怪しい。
「ねェ、あなたって――」
花乃がそれを問おうとすると、きゅるきゅるきゅる――と、有雪のお腹が音を立てた。
「……それって、食べ物の催促?」
「酒を飲んで寝ていたものだから、つまみくらいしか口にしておらぬ。さすがに腹が減って来た」
――もしかして、アルコール中毒のおかしな人? ――な訳がない。
あの『捨て呪』とかいうものを見抜いて、解いたのだから。
「コンビニに行って来るから待ってて。絶対に静かにしててよ」
どうせ、一旦外に出て、伯父たちにも今帰って来たように見せなくてはならないのだ。もうじき夕食の時間でもあるし……。
花乃は仕方なく、腰を上げた……。
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