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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 9
しおりを挟む「あの程度の『捨て呪』にも抗えぬのか」
黒の長衣と金の腰帯に包まれる少年――黒麒麟の角端は言った。侮蔑にも似た、冷たく黒い瞳である。
「おや、まるで少しは期待していたかのような口ぶりではありませぬか」
玉藻がこれ以上はなく色艶やかに装った姿で楽しげに言うと、角端は睨みつけるようにして、玉藻を見据えた。
ここには新堂猛の姿はなく、鹿苑寺へ来たのは、この二人だけである。しかも、いつからいて、どうやって現れたのかは解らない。
「おお、怖」
玉藻は、わざとらしく肩を竦め、
「さて、安倍の者には見えぬが、あの者は時の流れの悪戯か?」
と、『捨て呪』を暴こうとした白装束の陰陽師を見て、首を傾げる。
「おまえが招んだのではないのか?」
と、角端。
「まさか。泰成や泰親を招ぶ方がまだ楽しめる」
どちらも鳥羽上皇に仕えた稀代の陰陽師である。本当かどうか、かの安倍清明の子孫ではないか、とも言われている。そして、泰成は、玉藻前にとって、過去に一戦交えた血生臭い相手でもあり、泰親は清明以来の陰陽師、と名声高き陰陽頭でもある。橋の下の似非陰陽師とは格が違う。
いや、本当にそうだろうか。仕留めることは出来なかったとはいえ、『捨て呪』たる飛礫から『あれ』をあぶり出したのは……。
「まあ、陰陽師などどうでもよい。朕は何故あの娘がこの世の支配者になるのか知りたいのだ」
子供の容姿とは不釣り合いな口調で、角端は言った。
「あなた様は長らく眠っておられた故にご存知ないのかも知れぬが、黒帝のように力で支配するばかりの世ではなくなっているのが、今生」
そして、こんな世を支配したいと思うのは、人間のみ。
「知っておる。十数年前、黒帝が始祖感精を成す《空桑の実》を使って再び生まれ出た時に、黄麟たちから少し聞いた」
「なら、関わるのは止められたがいい。関わったところで落胆するばかり」
「……。何を企んでいるのだ、女狐?」
角端の言葉に、玉藻前は、ふふ、と笑うと、
「女狐には女狐らしい楽しみがあるもの。楽しみ方を覚えれば、この世も捨てたものではない故に」
「ふん」
蔑むような目を向けると、角端は黒麒麟の姿に変化して、土を蹴ることなく天に駆けた。
漆黒の鬣と、黒曜石のようにつややかな光を放つ鱗、枝分かれした二本の角は、まさにこの世の理の外にある、瑞獣と呼ぶべき姿である。
「あの輝く宝石のような鱗も、さぞ美味であろうなぁ……」
玉藻前はそう呟くと、ぺろりと唇をひと舐めし、猫のように手を丸めて、口元を拭った。
この曰くつきの美姫、相手が仁獣であろうと、珠玉への誘惑は尽きないらしい。
そもそも、この玉藻前という絶世の美姫、中国古代王朝まで遡る高貴な御方だという噂もあり、事の真偽は定かではないが、王の妾を喰い殺し、その体を乗っ取って、残虐の限りを尽くしたという。この日本に渡ってからは、鳥羽院の元でひと暴れなさったとか……。それが本当なら、かなり性根の悪い――いや、失礼。強かな御方である。
時代は変わろうと、帝王には寵愛されるが、側に仕える陰陽師や麒麟には嫌われる運命にあるのが、彼女の性。
そして、黒麒麟である角端が、女狐と呼ぶのもそれ所以――。ただの女狐ではなく、魔性たる九尾を持っているのだが……。
玉藻前は、今しばらく花乃と有雪の様子を眺めていたが、有雪が『捨て呪』となっていた石を拾い上げるのを見て、面白くなさそうに顔を歪めた。
「あの陰陽師……」
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