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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 8
しおりを挟む野ざらし、雨ざらしの立て札は、《白蛇の塚》について記されてあった。
ここに祀られている白蛇は、弁天様のお使いで、悪事を働いて封じ込められた訳ではなく、水神信仰の名残として、ありがたく崇め奉られているものらしい。
しかも、弁財天のご利益を求めて、立て札の側にある地蔵の周囲には、多くの人々が投げ込んだ賽銭が散らばっている。
「ふむ……。あれが、そなたが飛礫をぶつけた石塔なのだな?」
安民沢という池の縁に立ち、石塔を見て、有雪は言った。
鬱蒼とした、見るからにおどろおどろしい場所に構えられているとはいえ、その五重塔も悪霊を鎮めるためのものではなかった。
もちろん飛礫をぶつけられては、神様と言えど腹を立てたりもするだろうが。
ここは、鹿苑寺が建築される以前には、西園寺家の別荘であり、この《白蛇の塚》も西園寺家の守り神として、鎮守のために築かれたという。
「きっと、白蛇様の祟りだわ」
白鱗に覆われた手をコートのポケットから出して、花乃が言った。
もちろん、花乃がそう考えるのも当然だし、そう思ってしまう出来事もあったのだが。
だが、果たして本当にそうなのだろうか。
「ううむ、どうも単純にそうは思えぬ」
尊き神が、粗末に扱われたり、何らかの理由で、禍つ神や邪神に変わることはあるだろうが、ここに大切に祀られ、日々参拝者に神と崇められているのなら、そうなる原因もないように思える。
「どうして? 私、他に罰当たりなことなんてしてないわ! お願い、早く何とかして」
そう言われては、有雪も確たるものがある訳ではない。
「そうじゃな。試してみぬことには……」
花乃の懸命な言葉を捨て置くことも出来ず、白装束の陰陽師は、他の指にも広がろうとする白鱗を見ながら、静かに息を吸い込んだ。
「……汝、石に取り憑きし輩よ、陰陽道に従い、急ぎ律令の如く行え。悪霊退散、降魔降伏、急急如律令呪符退魔!」
四縦五横に手刀を切り、有雪は、花乃の指に食い込む石に、破邪の法を刻みつけた。
拝観終了前の薄暗い寺の一角に、重く黒い靄が立ち込める。それは、小石から浸み出した邪気でもあったし、早くに暮れる冬の陽の届かない部分でもあった。
人気もなくなった鎮守の杜に、悪しきモノが溢れ出す。
「こ、これ……」
「しっ! 悪霊と話をしてはならぬ」
花乃を窘め、
「ここは汝が留まる場所ではない。悪霊退散、降魔降伏、急急如律令呪符退魔! 臨兵闘者皆陣列在前!」
先ほどよりもさらに強く四縦五横に手刀を切り、有雪は目の前のモノに印を結んだ。
これで、悪霊は消えるはず――。そう思ったのだが、黒い靄は蛇のように螺旋を描いて花乃を囲み、嘲笑うように身を締め付けた。
「いやあああ――っ!」
悲鳴が上がった。
刹那、花乃の皮膚が――ほんの刹那、真白に変わったような気が、した。
花乃の叫びに、自分の力が及ばなかったことを知った有雪だったが、その黒い靄のようなモノは、不意に、何の前触れもなく、スッと何処かへ消え失せた。
「何……?」
無論、有雪には訳が解らない。確かに、あれは石の中から解放されて、一気に花乃の体を我がものにしようとしていたのだ。それが、急に……。
「ありがとう、有雪さん……」
小さく震えながら、花乃が言った。
その指先からは石が落ち、白い鱗も消えている。
「いや、あれは俺では……」
では、誰であったというのだろうか。
周囲には、鹿苑寺を拝観する人々の姿もすでに消え、立っているものは池の中心の石塔くらいで……。
いや、きっと何かが見ている。
あれを消滅させるほどの力を持ちながら、追い払うだけで高みの見物をしている者が――。
地面に落ちた小石を拾い、
「『捨て呪』、というモノを知っているか?」
有雪は訊いた。
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