華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰

二十夜 眠れる大地の淘汰 31

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 地下に造られた旅鼠レミングたちの村は、血と恐怖に静まり返っていた。
 これから、ここに残った者たちには、長い冬を乗り切るか、他の動物たちの食糧になるか、ギリギリの生活が待っている。もちろんそれは他の生き物たちも同じことで、命の重さに違いはない。
「それが《淘汰の卵》ですか」
 血の匂いと共に現れた一人の少年が、舜の手のひらに乗る大きめの卵を見て、珍しげに言った。――いや、事実、珍しいモノなのだ。何しろ、そこから生まれて来るのは、麒麟か鳳凰か、はたまた今は伝説と謳われる、姿さえ見ることが難しい瑞獣、神獣であるのだから。
「そういえば、狐仙殿は初めてでしたねぇ」
 のんびりとした口調で、黄帝が言う。
「長生きはするものです」
「まだお若いですよ」
 その黄帝の言葉に、フッ、と笑い、
「確かに、黄帝殿に比べれば、赤子にも等しい」
 年寄りの炉端話のようなそんな会話は、舜には鬱陶しいだけである。
「運命、か……」
 ゾーヤが口にしていた言葉を思い出し、手の中の卵に呟いてみる。
 ゾーヤには、自分の身に何か大きな変化が起こることが解っていたのかも知れない。漠然としたものであっても、そのために自分が舜に出会ったのだと――。子供のことが心配でないはずがないのに、男よりも余程大きな肝っ玉で、背中を叩いて見送った。そんな彼女だからこそ、この《淘汰の卵》に行きつくことができたのだろうか。
「……この大自然が育むものたちの命のことわりの中で、人が手出し出来ることなど、ほんのわずかなことでしかないのです。その結果、たとえ、ほんのひと時、誰かの運命を変えることが出来たとしても、それは大きな自然の流れの中では、瞬きする間の瑣末なこと――。全てのものが生きて、死ぬ――それだけが確かな運命なのです」
 それは、舜の呟きに対する応え、だったのだろうか。
「どう生きて、どう死ぬかは誰にも解らない不確かなもの、という訳ですか」
 狐仙が楽しむように言葉を返した。
「全てが己の選んだ結果です」
「他人に変えられるような運命になど、確かに価値などないのかも知れません」
 ――新天地へ旅立って行ったレミングも、もとの巣に戻って来たレミングも、己の選択による価値のある人生だったと――そう言うのだろうか。
 なら、舜たちがレミングたちの村へ行った意味など、まるで見当たらないではないか。
「運命に価値があるとお考えですか?」
 黄帝の問いに、
「人は常に誰かと自分の運命を比べ、その価値を競うものではないのですか?」
 あの人よりは金持ちだとか、強いだとか、きれいだとか、学歴があるとか、いい企業に就職しているだとか……。
 その狐仙の問いには、クスリ、と笑い、
「そうでしたね」
「あなたにはすでに競う相手もいないでしょうが」
 ――いや、その青年には、最初から自分と他人を比較して生きるような、そんなまともな神経はなかったに違いない。――と、舜は胸の中で確信していた。
「井戸端会議は二人でしてろよ。オレたちはもう帰るからな」
 まだ二人の話を聞いていたそうなデューイを尻目に、舜は《淘汰の卵》を黄帝の前に突き出した。
「ほら、あんたが――お父さまが欲しがってた卵だよ!」
 と、押し付けると、
「私が、ですか?」
 黄帝はいつものように、のほほんと惚け、
「そんなことを言いましたっけ?」
「――」
 確かに、黄帝の口からそんな言葉を聞いた覚えはないが――しかも、この卵のことも。
「なら、どうするんだよ、この卵は!」
 瑞獣の生まれる貴重な《淘汰の卵》のはずではなかったのか。
「その辺に置いておけば、いずれ孵化するのではないでしょうかねぇ」
「その辺に、って……」
 もうこの父親、何がしたいのか解らない。
「じゃ、じゃあ、ぼくたちが面倒を見るとか……」
 こそり、とデューイが畏れ多い言葉と判った上で、口にする。
「その『ぼくたち』、ってなんなんなんだよっ! ワンセットじゃないんだぞ――」
「ああ、それはいい考えかも知れませんねェ。――でも、彼らは気位の高い御方であることが多いですから、生まれた後も一生こき使われることになるかもしれませんよ」
「そ……そうなのですか……?」
 あの肝っ玉母さん、ゾーヤの卵なのに――。
「オレは絶対、ごめんだっ!」
 そんな訳で、レミングたちの淘汰によって生み出された《淘汰の卵》は、この地に捨て置かれることに――。
「でも、舜、もし卵が割れたりしたら……」
「オレが踏みつけたって割れるような卵じゃねーよっ!」
 絶対、これ以上、今回のことに関わったりは――。
「では、これでどうでしょう? 卵の置き場所が決まるまで、舜くんとデューイさんで保管をする、というのは」
「はいっ、解りました!」
 一も二もなく、デューイは即答で引き受けたりなどしている。
「オレは何も言ってないぞ――っ!」
 そんな舜の虚しい叫びは、この壮大な眠れる大地シブ・イルの永久凍土の中に、虚しく吸い込まれて行くのだった……。




              了





   ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
   十九夜 白蛇天珠しろえびてんじゅの帝王の掲載に関しましては、その時に近況ボードでお知らせさせていただきます。
   二十一夜以降の話はまだ何もで出来上がっていませんが、いつか、またお会いできれば……。


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感想 7

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みんなの感想(7件)

ニカ
2018.01.01 ニカ

年明けて 十九夜を 読了。

最初は 設定にしっくり来ず読んでましたが 千年の時を越えてなされる行為に すとんと腑に落ちました。
身代わりの愛に 切なくなりました。


竹比古さんとsanpoさん
お二人の今年の活躍をお祈りします。素敵なお話をありがとうございました。

2018.01.02 竹比古


 ニカさん

 こんなに長いシリーズを読み続けてくださり、本当にありがとうございます。

 身代わり――。
 そんな血も涙もない申し出をする黄帝も、ひと様のキャラを死に追いやってしまう竹比古も、本当にもうなんとお詫びしてよいやら……(陳謝)

 まだ少ししか成長していない舜のこれからを、この先書きたくなったときに、ニカさんにお会いできれば幸いです。

 ニカさんにとって、今年が幸多き年でありますように!

解除
ニカ
2017.10.29 ニカ

あらら 謎解明編でしたかーー!
後で探してみます。

二十夜を楽しみに読ませていただきます。

2017.10.29 竹比古

 またまたスミマセンっ(涙)!
 探していただくお手間までかけてしまったというのに、すでに他サイトでの活動は停止し、当該小説も削除済みなのです……(本当に、本当に、陳謝)。
 また、コラボ先作者様と連絡を取る機会があれば、こちらでの掲載も考えてみようと思います。
 本当にいつもありがとうございます!

解除
ニカ
2017.10.29 ニカ

十九夜が抜けてる??

2017.10.29 竹比古

 すみません。
 目次記載の通り、十九夜はとても気に入っている話なのですが、他サイトで他の作家さんの許可をいただき、その作家さんの小説に登場するキャラとコラボをさせていただいた章なので、アルファポリスでは割愛させていただいています。
 蓬莱山に生えた黄玉芝が誰のためのものであったのか……などが明かした章でした。
 本当にすみません!
 そして、今回も気づいていただき、ありがとうございます。

解除

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