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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰
二十夜 眠れる大地の淘汰 30
しおりを挟む食糧が無くなれば、飢餓で死ぬか、食糧のある地に移り住むしかない。
随分前、レミングは集団自殺をするネズミだと考えられていたが、そんなものはただの噂で、彼らにそのような習性はない。――とはいえ、一九五五年、カナダ北部で、集団で海に向かって暴走したレミングが、次々に崖から海に飛び込んで溺死する瞬間が撮影された。
なぜそんな行動をとったのかは不明だが、一説には飢餓を前にして共倒れを防ぐための手段だとか、新天地を目指しての事故だとか、さまざまな仮説が立てられた。
レミングは永久凍土に生息する小さな齧歯動物で、耳も尾も丸く、体も丸い、愛らしい姿をしたネズミの仲間である。彼らが何故、何年かに一度のサイクルで、他の生物には考えられないほどに異常繁殖するのか、そして、その次の年には絶滅寸前になるほどに激減するのかは判っていないが、自然淘汰だけでそのような奇怪な現象が起こるものや否や。
もしかすると、異常繁殖したレミングの急激な減少には、この幻想的過ぎる銀色の月の神のような青年が関わっているのかも知れない。
そして、その厳しい淘汰の中で生き残った者だけが、登竜門の滝を昇り切った鯉のように、今では伝説と謳われる孤高の存在として、生まれ変わることができるのかも……。
「食糧もなく、辺りの木の実や自然の恵みを食べ尽くしてしまった彼らには、他の生き物たちの食糧となるか、飢餓や病気で死に絶えるか、新たな大地を目指して生死をかけるか……わずかな選択肢しかないのです」
誰のせいでもないレミング達の運命を諭すように、黄帝が言った。
もちろん、舜は、
「どうせ死ぬから殺すのか?」
黄帝の言葉は、何から何まで受け入れられない。自然の中で生きることの厳しさや、全ての生き物に自分の命を守り、生きる権利があることは解ってはいるが、それでも……。それは、永遠に近い生命を持つ一族の舜にとって、一番関わってはならないものではないだろうか。――そう。黄帝が誰の生死であっても、何らかの理由がなければ決して口出しをしないように、踏みこんではいけない世界なのだ。
「……僕たちは、何もせずにただ見届けるべきだったのですか?」
舜と同じことを考えていたのか、デューイが言った。そして、
「すっ、すみません! 僕はなんて失礼なことを! そんなことは自分で考えることなのに――」
と、真っ青になって凝縮する。――いや、萎縮する。
「何を考え、どんな結論を出そうと、それはデューイさんや舜くんの自由なのです。あなた方にもまた、同じように選択する権利があるのですから」
「それが間違っていても、ですか……?」
「雪蘭は、仔狐を愛しむ己の立場でしか命の重みを考えることが出来ませんでした。そして、村人たちは自分と家族の立場でしか、仔狐の命を考えることが出来なかった。瓊もまた同じです」
「あんたはいつも、全部解った上で高みの見物なんだな?」
自分の娘の命であろうと……。
もちろん、舜の命であろうと……。
相手が誰であろうと、何であろうと、同じ『命』であることに変わりはないのだ、と。
たかが命。
だから手を出すこともなく傍観していられるし、失っても迷わない。
黄帝にとっては、どの命も等しいモノであるのだから。
虫一匹の命も、人の命も――。
それが、気が遠くなるほどの永い時を生きて来た故のことなのか、もとからそんな基準を持つ化け物だからだったのはか、舜には知りようもないことだが。
「舜、手を出さずに見ているだけで止めておくのは、とても辛いことだよ。僕ならどうしても手を出してしまう。その方が自分も楽なんだから」
黄帝をかばうような言葉ではあったが、それは紛れもないデューイの本心であっただろう。
「……」
この眠れる大地で、異常繁殖と激減を繰り返し続ける小さな生き物、旅鼠――。
彼らも、他の動植物たちと同じく、自然の一部なのだから……。
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