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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰
二十夜 眠れる大地の淘汰 24
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黙って見ていることしか出来ない――というのは、何と辛いことなのだろうか。
舜の襲撃が失敗に終わったことを伝えに走ろうとする伝令を止め、デューイは舜の心について考えていた。
自分たちは村人と過ごし、村人と仲良く過ごしていたから、その村人たちを襲って喰らおうとする猫頭鷹や黄鼠狼、狐仙のことを恐ろしい化け物だと信じている。
だが、別の視点から見るとどうだろう。猫頭鷹や黄鼠狼、狐仙にも家族があり、仲間があり、この眠れる大地で生きていく権利がある。人間が動物や魚を喰らうのと同じように、彼らもまた、それが生きるための営みなのだ。
それを知ってしまったなら、もうどちらに加担することも出来はしない。ただ傍観者であることが唯一、二人に出来ること。
そういえば、黄帝も決して他人の命のやり取りに口を出したりすることはなかった。――いや、他人でなくとも――自分の息子や娘の命がかかっていても、手を出したりすることはこれまでなかった。デューイは、陰できっと力を貸してくださっているのだ、と思っていたが、果たしてそれもどうなのか――。
誰もが等しく、生きる権利を持っているのだ。それを邪魔する権利は、もしかしたら黄帝でさえ持ってはいないのかも知れない。
だが、デューイは以前に黄帝に助けてもらったことがある。とはいえ、あの時は生き物ではなく、《聚首歓宴の盃》という、怨念に取り憑かれた盃からだったが――。いや、助けてください、と頼れば、黄帝はいつだって助けてくれるだろう。何故か、舜や、舜の兄である蜃)は、そんな言葉や自分の望みを黄帝の前で口にすることはないが……。
舜が言わないのは意地のような気もするが、蜃はどうだろう? ――考えてみても解ることではなかった。
きっと、黄帝は、頼られれば優しく応え、誰であろうとも道を諭し、行き先を示すに違いない。
だが、舜や蜃は、それを優しさだとは思っていない。望んで与えられるものなど、所詮、自己満足の一つに過ぎないのだと――。相手の心など、そこに籠っているかどうかも判らないのだと……。
「……。舜のところに行かないと」
伝令の村人の体に張り付いたまま、手足を動かして村へと向かった。
赤眼の力と、その赤眼の力で旅支度を始める村人たちの姿は、まだ赤眼を覗き込んでいない人々の心を揺らしていた。
さっきまで、舜やデューイへの不信と怒りを唱え、悪魔の手先のように言っていた人々が、急におとなしくなって旅支度を始めるのを見て、戸惑っていたのだ。
今の内に、急いで村中を回らなくてはならない。時間がかかれば、舜が奇妙な力を持っていて、その赤眼を見た者は刹那に心を抜き取られる、という噂が広まるだろう。そうなるとますます厄介だ。
だが、ここは通路と各部屋が続いている地下の穴蔵、皆が集まるような場所を優先して回ってはいるが、それでもかなりの時間がかかる。舜の足と運動能力を持ってしても。
デューイも鼓膜を通して、聴覚から避難を訴えていたが、なにせ、この村人の数。全ての村人の準備が整うのを待っていたのでは、間に合わない。催眠状態に陥った者から、村のツワモノを先頭にそれぞれの方角へ旅立たせ、少しでも遠くへ逃げさせる。それが最善の策だった。
何の意味もないことなのかも知れない。
だが、ここにいて確実な死を迎えさせるわけにもいかない。
催眠状態でぞろぞろと、ありったけの食糧を背負って村から出て行く人々の姿は、笛の音で川へと誘われ、溺れ死ぬネズミの童話を見るようでもあった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
かなりの数の村人が、この村から避難していた。
そして――。
「さあ、早く旅支度をするんだよ――」
「ダメよ! 村から出たら、すぐに化け物に襲われるわ」
「大丈夫だから。あの人たちを信じて」
「私たちを化け物に売った人たちよ!」
「それは違うよ。このあたしが保証する」
「でも……」
「あたしを信じて」
真摯な言葉で、村の人々を説得して回っている人物がいた。
「……わかった。信じるわ、ゾーヤ」
舜の襲撃が失敗に終わったことを伝えに走ろうとする伝令を止め、デューイは舜の心について考えていた。
自分たちは村人と過ごし、村人と仲良く過ごしていたから、その村人たちを襲って喰らおうとする猫頭鷹や黄鼠狼、狐仙のことを恐ろしい化け物だと信じている。
だが、別の視点から見るとどうだろう。猫頭鷹や黄鼠狼、狐仙にも家族があり、仲間があり、この眠れる大地で生きていく権利がある。人間が動物や魚を喰らうのと同じように、彼らもまた、それが生きるための営みなのだ。
それを知ってしまったなら、もうどちらに加担することも出来はしない。ただ傍観者であることが唯一、二人に出来ること。
そういえば、黄帝も決して他人の命のやり取りに口を出したりすることはなかった。――いや、他人でなくとも――自分の息子や娘の命がかかっていても、手を出したりすることはこれまでなかった。デューイは、陰できっと力を貸してくださっているのだ、と思っていたが、果たしてそれもどうなのか――。
誰もが等しく、生きる権利を持っているのだ。それを邪魔する権利は、もしかしたら黄帝でさえ持ってはいないのかも知れない。
だが、デューイは以前に黄帝に助けてもらったことがある。とはいえ、あの時は生き物ではなく、《聚首歓宴の盃》という、怨念に取り憑かれた盃からだったが――。いや、助けてください、と頼れば、黄帝はいつだって助けてくれるだろう。何故か、舜や、舜の兄である蜃)は、そんな言葉や自分の望みを黄帝の前で口にすることはないが……。
舜が言わないのは意地のような気もするが、蜃はどうだろう? ――考えてみても解ることではなかった。
きっと、黄帝は、頼られれば優しく応え、誰であろうとも道を諭し、行き先を示すに違いない。
だが、舜や蜃は、それを優しさだとは思っていない。望んで与えられるものなど、所詮、自己満足の一つに過ぎないのだと――。相手の心など、そこに籠っているかどうかも判らないのだと……。
「……。舜のところに行かないと」
伝令の村人の体に張り付いたまま、手足を動かして村へと向かった。
赤眼の力と、その赤眼の力で旅支度を始める村人たちの姿は、まだ赤眼を覗き込んでいない人々の心を揺らしていた。
さっきまで、舜やデューイへの不信と怒りを唱え、悪魔の手先のように言っていた人々が、急におとなしくなって旅支度を始めるのを見て、戸惑っていたのだ。
今の内に、急いで村中を回らなくてはならない。時間がかかれば、舜が奇妙な力を持っていて、その赤眼を見た者は刹那に心を抜き取られる、という噂が広まるだろう。そうなるとますます厄介だ。
だが、ここは通路と各部屋が続いている地下の穴蔵、皆が集まるような場所を優先して回ってはいるが、それでもかなりの時間がかかる。舜の足と運動能力を持ってしても。
デューイも鼓膜を通して、聴覚から避難を訴えていたが、なにせ、この村人の数。全ての村人の準備が整うのを待っていたのでは、間に合わない。催眠状態に陥った者から、村のツワモノを先頭にそれぞれの方角へ旅立たせ、少しでも遠くへ逃げさせる。それが最善の策だった。
何の意味もないことなのかも知れない。
だが、ここにいて確実な死を迎えさせるわけにもいかない。
催眠状態でぞろぞろと、ありったけの食糧を背負って村から出て行く人々の姿は、笛の音で川へと誘われ、溺れ死ぬネズミの童話を見るようでもあった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
かなりの数の村人が、この村から避難していた。
そして――。
「さあ、早く旅支度をするんだよ――」
「ダメよ! 村から出たら、すぐに化け物に襲われるわ」
「大丈夫だから。あの人たちを信じて」
「私たちを化け物に売った人たちよ!」
「それは違うよ。このあたしが保証する」
「でも……」
「あたしを信じて」
真摯な言葉で、村の人々を説得して回っている人物がいた。
「……わかった。信じるわ、ゾーヤ」
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