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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰

二十夜 眠れる大地の淘汰 20

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『数年に一度のことなので、今までは狐仙殿に頼んでいたのですが、二人とも特にすることもなさそうですし……。今年は狐仙殿の手を煩わせずとも、二人にお願いしようと思うのです』
 あの日、黄帝は舜を前にそう言った。
 ――狐仙。
 この少年が、数年に一度、この地に訪れて、今日のようなことを繰り返しているのだとすれば、あの村を救う方法など存在しないのではないだろうか。ただ狐仙がしているように村人の数を減らし、冬を乗り切り、自然から得られる糧に見合った人数を残すくらいのことしか……。
「黄帝殿にはそう呼んでいただいている」
 豊かな黄金色の髪をなびかせて、少年は言った。
 ――やはり、この少年が狐仙なのだ。
「おまえは、もう帰れ」
 狐仙が言った。
「あの程度の魚の蓄えくらいでは、年を越す前に皆で仲良く飢え死にだ。それとも、鼠同士で共食いをさせるつもりだったのか?」
 村の迷路のあちこちを探ったらしく、皮肉のように言葉を続ける。
 何も言えなくなる言葉だった。あれもこれも一生懸命に考えて、努力したつもりだったが、結局、舜にはそれだけのことしか出来なかったのだから。それなのに黄帝は、今回は舜とデューイにあの村のことを任せようとした。
 ――それは一体、何故なのだろうか。
 またいつもの嫌がらせの一つなのか(そう思っているのは舜だけだが)、舜に悪あがきをさせたかったのか……。
「飢えて共食いして数匹だけが生き残るよりも、俺たちが一瞬で殺してやった方が、あいつらも浮かばれるはずだ」
 狐仙の言っていることは全て正しくて、いたずらに飢えの日を引き延ばしている舜とは、現実を前にする重みが違う。
 彼らは娯楽で狩りをしている訳ではなく、この眠れる大地シベリアを正常に戻すために、淘汰の役割を買って出ているだけなのだから。
「わかった」
 舜は言った。
 驚いたのは、匂いを頼りに舜の足取りを辿り、不可視の灰の姿で漂っていたデューイだった。もちろん舜には、デューイが側に来たことは解っていたが。
「舜! 本気なのか?」
 驚愕を隠せない声で、デューイが言った。
「ああ」
 と、うなずき、
「だが、オレのやり方でやる」
 狐仙に向かって、舜は言った。
 短い期間だったが、共に暮らした人々なのだ。最後に見るのが恐ろしい光景であって欲しくない。
「いいだろう。明日まで待ってやろう」
 狐仙が言った。
「明日……」
「そんな! 急過ぎる!」
 二人共に、狐仙の無茶な期限にはすぐにうなずくことは出来なかったが、
「いつもならもうとっくに淘汰されて然るべき季節だ。この大地に実った食糧が枯渇した時点で、この辺り一帯の餌は、あの旅鼠の一族しかいなくなるのだからな」
 黄鼠狼ラスカも、猫頭鷹サヴァーも、狐仙たちも――皆、この季節には、あの村の人々を襲っていたのだと……。
「いいだろう。だが、明日までは何があっても絶対に手出しをするなよ。――他の奴らも!」
「舜――」
「時間がない。村に戻るぞ」
 舜は霧散しているデューイを回収するため、スケルトンのブタの貯金箱の投入口を指で弾き、狐仙に一瞥を送って背中を向けた。
「一途で可愛い子ではないか、黄帝殿……」
 狐仙の微笑ましげな呟きだけが、後に残った。


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