上 下
514 / 533
二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰

二十夜 眠れる大地の淘汰 12

しおりを挟む


 おお、と村人たちの目に精気が宿った。悲嘆と絶望に暮れていた人々が、生きる希望を取り戻したのだ。
 そして、黄鼠狼ラスカたちの動きもそこで止まった。舜の動きを警戒するよう、前足で抑えつけている村人のことも見ようとしない。舜の動きだけに全ての神経を向けていた。
 その睨み合いが続いた後――、
「――おまえ、他所者だな?」
 黄鼠狼ラスカの中のリーダーらしき一匹が言った。どうやら人の言葉を操れるらしい。
「なぜ、そいつらに加担する?」
 訝しげに眼を細めて、問いを重ねる。
「加担してる訳じゃない。襲われているから、助けただけだ」
 伸ばした爪をまだ引っ込めずに、舜は言った。
「助けた? そいつらはこの眠れる大地シブ・イルを根絶やしにする害獣だぞ」
 黄鼠狼ラスカは言った。
「ただ静かに暮らしているだけの村人だ」
「この大地の僅かな恵みを喰らい尽くしたのはそいつらだ」
「――」
 確かに、彼らからすれば、これまで遊牧民として移住生活をしていた人々が、一カ所に定住して住みつき、その周辺の糧を採り尽くせば、怒りの矛先を向ける対象にもなるのだろう。
 しかも、不安定な移住生活から、安定した定住生活になったことで、村の人口も爆発的に増えた。彼らのせいで他の生き物たちの糧が無くなってしまったのだと言われれば仕方がない。
「増えすぎた害獣を駆逐するのは、当然のことだ」
 黄鼠狼ラスカは続けて言った。
 ――誰を生かし、誰を見捨てるのか。
 これは、村人たちだけのことではなく、ここに住む全ての生き物たちのことだったのだろうか。
 このまま村を存続させるのか、それとも……。
「お、おい、おれたちを助けてくれるんじゃないのか……?」
「どうして化け物に言い返さないんだ?」
 考え込んでしまった舜を前に、村人たちの不安そうな声が漏れる。
「おまえ、俺たちがこの化け物に喰い殺されることの方が正しい、と思ってるんじゃないだろうな!」
 一際強い口調で放たれたコーリャの言葉に、舜はハッと我に返った。
 だが、繊手はそれ以上奮うこともなく、伸びていた爪も静かに潜める。
「畜生! 裏切りやがったな!」
 腹立たしさを込める声で、コーリャが言った。
 ほくそ笑むような黄鼠狼ラスカの喉を鳴らす音が聞こえ、
「解ればいい。たった一〇〇匹の害獣を駆除したところでこの大地は甦らないが、こいつらを放っておくよりは有益だ」
 その一言に、他の黄鼠狼ラスカたちも緊張を解いた。
 再び殺戮が始まるのか――。そう思えたのだが、
「おまえたち、この村人たちの何倍もデカイんだから、河の魚も獲れるだろ?」
 舜は言った。
「言っただろう? 害獣を狩る方が有益だと」
 黄鼠狼ラスカに、その選択は受け入れられなかったようである。
「なら、仕方がない。――言っておくが、オレは本気で行くぞ」
 握ったこぶしに気を集め、舜は黄鼠狼ラスカたちを睨みつけた。
 漆黒の髪が少しも揺れずに細く流れ、闇を覗く黒瞳が、血のような深紅に染まって行く。
「そっちは任せたぞ、デューイ」
「わかった」
 灰の姿の青年が頷く。
「面白い。さっきの不意打ちのように行くと思うなよ」
 黄鼠狼ラスカたちの攻撃対象が、村人たちから舜に変わった。小煩い一匹のネズミを始末してから村人を――と思ったのだろう。
 だが――。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

約束の子

月夜野 すみれ
ファンタジー
幼い頃から特別扱いをされていた神官の少年カイル。 カイルが上級神官になったとき、神の化身と言われていた少女ミラが上級神官として同じ神殿にやってきた。 真面目な性格のカイルとわがままなミラは反発しあう。 しかしミラとカイルは「約束の子」、「破壊神の使い」などと呼ばれ命を狙われていたと知る事になる。 攻撃魔法が一切使えないカイルと強力な魔法が使える代わりにバリエーションが少ないミラが「約束の子」/「破壊神の使い」が施行するとされる「契約」を阻む事になる。 カタカナの名前が沢山出てきますが主人公二人の名前以外は覚えなくていいです(特に人名は途中で入れ替わったりしますので)。 名無しだと混乱するから名前が付いてるだけで1度しか出てこない名前も多いので覚える必要はありません。 カクヨム、小説家になろう、ノベマにも同じものを投稿しています。

転生先の異世界で温泉ブームを巻き起こせ!

カエデネコ
ファンタジー
日本のとある旅館の跡継ぎ娘として育てられた前世を活かして転生先でも作りたい最高の温泉地! 恋に仕事に事件に忙しい! カクヨムの方でも「カエデネコ」でメイン活動してます。カクヨムの方が更新が早いです。よろしければそちらもお願いしますm(_ _)m

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

西遊記龍華伝

百はな
歴史・時代
ー少年は猿の王としてこの地に君臨したー 中国唐時代、花果山にある大きな岩から産まれた少年は猿の王として悪い事をしながら日々を過ごしていた。 牛魔王に兄弟子や須菩提祖師を殺されその罪を被せられ500年間、封印されてしまう。 500年後の春、孫悟空は1人の男と出会い旅に出る事になるが? 心を閉ざした孫悟空が旅をして心を繋ぐ物語 そしてこの物語は彼が[斉天大聖孫悟空]と呼ばれるまでの物語である。

記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

処理中です...