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二十夜 眠れる大地(シブ・イル)の淘汰
二十夜 眠れる大地の淘汰 5
しおりを挟む――クソッ!
黄帝のあの変わらない顔を思い出すたびに腹が立つが、舜が行かなければ多くの村人が狐仙の餌になる、というのだから気分が悪い。そんなことを聞いて知らんぷりをしていられるほど、舜はまだ達観してはいないのである。
もちろん、狐仙が人を喰らうことを悪く言うつもりもないし、人間やそれ以外のモノを区別するつもりもない。
ただ以前、雪精霊という魔物を殺した方士と、仔狐を殺した村人、村人を殺した雪精霊……その話を聞き、誰がどうすれば良かったのか、と問われた時、何も言葉が出て来なかった不甲斐なさが込み上げて来たのだ。
もし、自分が誰かを生かすか殺すか、その立場になったなら――。やはり、彼らと同じ過ちを犯してしまうのか、それとも、彼らの選択こそ、正しい自然の流れだったと納得することが出来るのか……。
老人の話も上の空、今晩泊る部屋に案内をしてもらった舜とデューイは、枯れ草を敷き詰めた寝具の上に横になっていた。客人用の部屋とも思えない土壁の一室は、きっと猫頭鷹に襲われて死んだ誰かの部屋だったのだろう。
舜が手を下さなくとも、そうして誰かが死んで逝くのだ。
「この枯れ草も、極寒の長い冬を乗り切るためには食べることもあるんだってさ」
老人の話を思い起こすように、デューイが言った。
ここは、八月の終わりに初雪を見ることもある眠れる大地――。生命が目醒めている時間は、ごくごく短い。
「冬になれば雪に埋もれて食べるものもなくなるのに、ここじゃあ畑を作ることも出来ないし」
今シーズンは、人口も例年の五倍以上に膨れ上がり、すでにこの時期から食糧の心配をしなくてはならない状態に陥っている、という。
確かに、舜の五感を働かせてみても、この地下迷路のような村の中には、今にも溢れだしそうなほどの人々の気配が満ちている。この分では、放っておいてもこの冬の飢餓で、村は滅びてしまうに違いない。仮に、今、何かの病が流行り出したとしたら、瞬く間に感染が広がるだろう。
「遊牧生活に戻って、移動しながら糧を得た方がいいんじゃないのか?」
「小さい子供や、お年寄りもいるし大変だと思うよ……」
だからこそ、今、こうして定住生活を送っているのだろうから。
「なら、若い男たちが冬越しの食糧を探しに行けばいい。雪で村が閉ざされるまでに、それなりの物が調達できるだろ?」
「うーん……。例年の数倍の村人が冬越え出来るだけの食糧は、この恵みの少ない極北では難しいんじゃないかな」
それが出来るくらいなら、早々に手を打っているであろうから。
舜は聞いていなかったが、老人もそう言っていたのだ。
移住しようにも、どれだけ行けば、村の人々が無事に冬を越せるだけの糧を得られる場所があるか判らない。もし、そんな場所を見つけたとしても、冬が来る前に永久凍土を掘り進め、村人が暮らせる住居を用意できるか判らない。何より、化け物が出るこの極北で、無事に旅が出来るはずもない。きっと誰かが犠牲になる。
そんなことは、すでに村の人々自身が、これまでに何度も話し合って来ているのだ。
だが――。
「でも、今回は僕たちがいる訳だし――」
得意顔で、デューイが言った。
化け物が出ようと舜やデューイの力で撃退できる(かも知れない)。
「結局、オレのタダ働きか」
「みんなを救えれば、黄帝さまも、きっと悦んでくださ――」
「そんな訳ないだろ」
どうすれば、あの化け物(黄帝)をそんな風に崇拝出来るのかは、舜には未だもって謎だが、舜以外の者はそう言って黄帝を奉るのだから、始末が悪い。
「とにかく、さっきの爺さんに話してみよう。移住地を探すなら、早い方がいい」
そう言って、舜とデューイは部屋を出たのだが、その考えが浅はかであったことは、すぐに知れることになるのである。
あの老人に、二人の考えを伝えて、返って来た返答がこれである。
「それは私たちも考えました」
そう。誰だって考えることだったのだ。
移住したからといって、村人の数は変わらないのだから、すぐに食糧不足に陥ることは目に見えている。それだけでなく、今以上に村人の数が増え続けたらどうなるか。
結局、黄帝の目論見通りに事が運ぶしかないのが現状である……。
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