華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

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十八夜 黄玉芝(こうぎょくし)の記憶

十八夜 黄玉芝の記憶 22

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「――今なら……。今なら、まだ助けられる! 雪蘭を結界の外に連れ出せば!」
 苦しみから逃れるために口にした言葉、だったのかも、知れない。
 だが、そう叫ばずにはいられなかった。
 とてつもない罪悪感に引き裂かれそうで。
 自分が重い罪を犯してしまったようで。
 瓊は、索冥に抱かれる雪蘭を連れ出そうと、代わりに抱くように手を伸ばした。
「雪蘭が雪精霊なら、結界の外に出た途端、そなたが凍り死ぬことになるぞ」
「――」
 索冥の言葉に、瓊は触れようとした手を、止めた。
 確かに、索冥の言う通り、雪蘭を抱えて結界を出れば、彼女に触れている瓊が凍って死ぬだろう。舜帝や索冥と違い、瓊はただの人間なのだから。
 そして、雪蘭が雪精霊であることも、瓊が誰よりもよく知っている。
 彼女がまだ息を吹き返すほどの状態なら、瓊は刹那に凍ってしまう――。
「信じているのだろう? 雪蘭が雪精霊だと。何故、今さら助けるような真似をする?」
 責めるわけでもない、ただ静かな口調だった。まるで、雪蘭の静かな死だけを願っているかのような。
「……共に昇仙の修業を積み、黄帝様にお会いしようと誓った仲だったのだ、私と雪蘭は」
 あの頃は、本当にそうなればいいと思っていた。
「黄帝……? これは彼奴が企んだことだったというのか?」
 索冥の面が怒りに変わった。それは、思いがけないことでもあった。
 麒麟とは、他の麒麟が選んだ帝王には、こうも厳しい目を向けるものなのだろうか。
「それは違う。黄帝様は、私に仙になる道を示してくださったに過ぎぬ。永遠の命と、人にない力を望んだのは、この私」
「……」
 索冥は何も言わなかった。――いや、少しして、雪蘭の死に顔を見つめながら、
「それでおまえは、仙に相応しい人間になれたのか?」
 と、口惜しげに言った。
 そんなことのために、命を一つ消してしまうなど、と……。
 呑み込むことも、噛み砕くことも出来ない言葉だった。ただその言葉を喉に詰まらせ、呼吸さえままならぬ状態で、瓊は舜帝の屋敷を後にした。
 誰もが自分に侮蔑の視線を投げかけているようで、顔を上げることが出来なかった。
「黄帝様……。私は昇仙の道を誤ったのでしょうか……?」
 後悔ばかりが込み上げる中、それ以外の考えには当たらなかった。
 目の前に誰かが立ったような気がしたが、それでも顔を上げることは出来なかった。
「……人のままでは仙にはなれぬ。そなたに人の心が捨てられぬのなら、仙境には辿り着けぬ」
 銀色に仄光るような優しい言葉が、慰めるように耳を撫でた。――いや、それが優しい言葉であるはずもない。人に『人の心を捨てろ』だなどと――。でなければ仙人への道は開けぬなどと。
「ならば、私は……」
「仙人とは人が思うところの賢人のことではない。己を高めることだけに生涯を費やし、俗世を捨てる孤独な者――。孤独を畏れ、情やしがらみを捨てられぬ者には無縁の極みだ」
「……」
 そんなモノが仙人であったなど……。
 そんなモノのために、雪蘭の命を奪い取ってしまったなど……。
「何故、もっと早くそれをお教えくださらなかったのですか?」
 自分のことは棚にあげ、黄帝のことを責めるような言葉になってしまった。
「私は仙境への道を問われた故に、そこへ至る道を告げたのみ。私もまた、俗世を救うための都合の良い神ではないのだ。そのような神を求めるなら、この天府の舜帝に望むがよい」
「――。いいえ……。いいえ、もう何も望むことは致しますまい。この先、何があろうと、私は雪蘭の魂が救われることだけを祈り続けまする」
 雪蘭を殺した自分が、舜帝にすがるなど出来るはずもない。
 だが、多くの民は、自分たちの暮らしを善くしてくれる神として、舜帝にすがり、頼るだろう。
 だとしたら、この銀色の神、黄帝は、舜帝の『民のための尽力』が気に入らなくて、そんな皮肉めいた言葉を口にしたのだろうか。
『黄帝……? これは彼奴が企んだことだったというのか?』
 ふと、索冥が口にした、その言葉が甦った。
 まるで、目の前のこの帝王が、どれほど無慈悲で、人が誤った道に踏み込むのを見ても、決して優しく諭したりする神でないことを知るように――。
 ――まさか、な。
 そんな風に感じるのは、自分の浅はかな思い違いだろう。
 全ては黄帝のせいなどではなく、瓊が自分で選択した道だったのだから……。


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