457 / 533
十八夜 黄玉芝(こうぎょくし)の記憶
十八夜 黄玉芝の記憶 22
しおりを挟む「――今なら……。今なら、まだ助けられる! 雪蘭を結界の外に連れ出せば!」
苦しみから逃れるために口にした言葉、だったのかも、知れない。
だが、そう叫ばずにはいられなかった。
とてつもない罪悪感に引き裂かれそうで。
自分が重い罪を犯してしまったようで。
瓊は、索冥に抱かれる雪蘭を連れ出そうと、代わりに抱くように手を伸ばした。
「雪蘭が雪精霊なら、結界の外に出た途端、そなたが凍り死ぬことになるぞ」
「――」
索冥の言葉に、瓊は触れようとした手を、止めた。
確かに、索冥の言う通り、雪蘭を抱えて結界を出れば、彼女に触れている瓊が凍って死ぬだろう。舜帝や索冥と違い、瓊はただの人間なのだから。
そして、雪蘭が雪精霊であることも、瓊が誰よりもよく知っている。
彼女がまだ息を吹き返すほどの状態なら、瓊は刹那に凍ってしまう――。
「信じているのだろう? 雪蘭が雪精霊だと。何故、今さら助けるような真似をする?」
責めるわけでもない、ただ静かな口調だった。まるで、雪蘭の静かな死だけを願っているかのような。
「……共に昇仙の修業を積み、黄帝様にお会いしようと誓った仲だったのだ、私と雪蘭は」
あの頃は、本当にそうなればいいと思っていた。
「黄帝……? これは彼奴が企んだことだったというのか?」
索冥の面が怒りに変わった。それは、思いがけないことでもあった。
麒麟とは、他の麒麟が選んだ帝王には、こうも厳しい目を向けるものなのだろうか。
「それは違う。黄帝様は、私に仙になる道を示してくださったに過ぎぬ。永遠の命と、人にない力を望んだのは、この私」
「……」
索冥は何も言わなかった。――いや、少しして、雪蘭の死に顔を見つめながら、
「それでおまえは、仙に相応しい人間になれたのか?」
と、口惜しげに言った。
そんなことのために、命を一つ消してしまうなど、と……。
呑み込むことも、噛み砕くことも出来ない言葉だった。ただその言葉を喉に詰まらせ、呼吸さえままならぬ状態で、瓊は舜帝の屋敷を後にした。
誰もが自分に侮蔑の視線を投げかけているようで、顔を上げることが出来なかった。
「黄帝様……。私は昇仙の道を誤ったのでしょうか……?」
後悔ばかりが込み上げる中、それ以外の考えには当たらなかった。
目の前に誰かが立ったような気がしたが、それでも顔を上げることは出来なかった。
「……人のままでは仙にはなれぬ。そなたに人の心が捨てられぬのなら、仙境には辿り着けぬ」
銀色に仄光るような優しい言葉が、慰めるように耳を撫でた。――いや、それが優しい言葉であるはずもない。人に『人の心を捨てろ』だなどと――。でなければ仙人への道は開けぬなどと。
「ならば、私は……」
「仙人とは人が思うところの賢人のことではない。己を高めることだけに生涯を費やし、俗世を捨てる孤独な者――。孤独を畏れ、情やしがらみを捨てられぬ者には無縁の極みだ」
「……」
そんなモノが仙人であったなど……。
そんなモノのために、雪蘭の命を奪い取ってしまったなど……。
「何故、もっと早くそれをお教えくださらなかったのですか?」
自分のことは棚にあげ、黄帝のことを責めるような言葉になってしまった。
「私は仙境への道を問われた故に、そこへ至る道を告げたのみ。私もまた、俗世を救うための都合の良い神ではないのだ。そのような神を求めるなら、この天府の舜帝に望むがよい」
「――。いいえ……。いいえ、もう何も望むことは致しますまい。この先、何があろうと、私は雪蘭の魂が救われることだけを祈り続けまする」
雪蘭を殺した自分が、舜帝にすがるなど出来るはずもない。
だが、多くの民は、自分たちの暮らしを善くしてくれる神として、舜帝にすがり、頼るだろう。
だとしたら、この銀色の神、黄帝は、舜帝の『民のための尽力』が気に入らなくて、そんな皮肉めいた言葉を口にしたのだろうか。
『黄帝……? これは彼奴が企んだことだったというのか?』
ふと、索冥が口にした、その言葉が甦った。
まるで、目の前のこの帝王が、どれほど無慈悲で、人が誤った道に踏み込むのを見ても、決して優しく諭したりする神でないことを知るように――。
――まさか、な。
そんな風に感じるのは、自分の浅はかな思い違いだろう。
全ては黄帝のせいなどではなく、瓊が自分で選択した道だったのだから……。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました
竹比古
恋愛
今から一六〇年前、有害宇宙線により発生した新種の癌が人々を襲い、性染色体〈XX〉から成る女は絶滅した。
男だけの世界となった地上で、唯一の女として、自らの出生の謎を探る十六夜司――。
わずか十九歳で日本屈指の大財閥、十六夜グループの総帥となり、幼い頃から主治医として側にいるドクター.刄(レン)と共に、失踪した父、十六夜秀隆の行方を追う。
司は一体、何者なのか。
司の側にいる男、ドクター.刄とは何者なのか。
失踪した十六夜秀隆は何をしていたのか。
柊の口から零れた《イースター》とは何を意味する言葉なのか。
謎ばかりが増え続ける。
そして、全てが明らかになった時……。
※以前に他サイトで掲載していたものです。
※一部性描写(必要描写です)があります。苦手な方はご注意ください。
※表紙画:フリーイラストの加工です。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。


のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる