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十八夜 黄玉芝(こうぎょくし)の記憶
十八夜 黄玉芝の記憶 20
しおりを挟む――索冥はきっと、本当のことを言ってしまう……。
現れてしまった白麒麟に、雪蘭はきゅっと身を縮めた。
仁の生き物で、ただでさえ魔である雪蘭のことを善く思ってはいないのだから。
「これは索冥殿。ここへ来る道道で、お噂は耳にしております。凍った川で死にかけていた子供をお助けになったとか」
瓊が言った。皮肉を込めた言葉である。
「……」
「貴方様ならご覧になっておられたはず。誰が川を凍らせたのかを……」
その言葉には、心臓を一つかみされる思いだった。
――索冥はきっと見たことをそのまま話してしまう。嘘をついてまで雪蘭をかばう義理などないのだから。
「子供を殺そうとした魔物を、この俺が見逃しているというのか?」
索冥が言った。
雪蘭は思わず顔を上げた。
麒麟がそんな嘘をつくなど――。いや、嘘ではない。雪蘭は子供を殺そうとして、川を凍らせたわけではないのだから。索冥は『子供を殺そうとした魔物』は見逃していない、と言っているのだ。
「何故、魔物をかばいだてされる? ――そこにいる雪精霊は、これまでに何人もの人間を氷に変えて来た魔物。早々に滅ぼすのが道理」
厳しい眼差しで、瓊の言葉は続いた。
やはり、雪蘭はうつむくしか手立てがなかった。
索冥の視線が、自分に注がれているのを感じる。
こんな風にびくびくしながら生きて行かなくてはならないのなら、いっそ魔物として――。いや、そんなことをすれば、もう二度と虞氏に会えなくなる。それ以上に、虞氏に魔物を匿った汚名が着せられることが、何をするよりも辛かった。
「――この者にそんな力があるようには見えぬ。この屋敷でこの者に触れて凍った者も見たことはない」
表情一つ変えずに、索冥が言った。
自分をかばってくれている――。それだけで、雪蘭は嬉しかった。そして、辛かった。
「私がこの結界に気付けぬ似非方士だとでも? ここでは魔性が封じられる。したが、魔物を人間に変えることは出来ぬはず!」
言葉と共に、瓊の錫杖が持ち上がった。
「雪蘭よ、魔性を現すのなら、今しかないぞ。我の攻撃を躱し、結界の外に逃げるがよい。でなければ、再びその身を焼かれることになる」
大きく振りかざされた錫杖から、輪の触れ合う耳障りな音が響き渡った。
「……」
だが、結界の外に出るわけにはいかない。自分は人の子の娘でなくてはならないのだから。
避けずに留まる雪蘭の上に、錫杖が容赦なく振り下ろされた。
「よせ!」
索冥の制止に耳を貸さず、凄まじい法力が放たれる。まともに食らえば、力を封じられた雪蘭など、紙切れのように吹き飛ぶだろう。
だが、逃げることは出来ない。雪蘭の正体を知らないままに、この屋敷につれて来て、手当をしてくれた虞氏のためにも――。虞氏が民に背を向けられることは、あってはならないのだから。
だから、その場から動かずにいた。
何の力も持たない人間として。
「雪蘭――!」
索冥が自分を呼ぶ声と、逃げろ、と心の中で叫ぶ声、そして、使用人たちのどよめきが聞こえた。
次には、体が千切れ飛ぶような、強い衝撃――!
事実、体は振り下ろされた錫杖の力に、床を破るほどに沈んでいた。
「―――!」
何か声を上げたと思ったが、実際には声にはならなかった。
胸をえぐり取られるような痛みと共に、法力の戒めが絡みつく。あの雪山での時と同じように――。いや、それ以上に。
「く……!」
「雪蘭!」
索冥の腕が、倒れた雪蘭を抱き起こした。
そして――。
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