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十八夜 黄玉芝(こうぎょくし)の記憶

十八夜 黄玉芝の記憶 9

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「誰か助けてくれっ! 子供が川に流された!」
 一通りの買い物を済ませ、さて屋敷に戻ろうか、という時、少し川上から、そんな叫びが耳に届いた。
 ここの川は、上流、中流で黄土の高原を通るために、澄んだ水とは言いかねる。大量の黄土を含んでいるせいで、黄河と呼ばれるほどなのだ。
 多くの支流が流れ込むため、下流部はたびたび氾濫をおこして大洪水となるが、大雨が降った訳でもない今日は、恐らく、魚を獲る者たちがいたのだろう。
 索冥は、川の流れが見える処まで足を進め、流れに足を取られて川面に浮き沈みしている子供の姿に目を凝らした。
 助けなくては――当然のことながら、そう思った。
 買った肉や野菜を雪蘭に渡すと、またさっきのように瞬く間に凍りついてしまうので、それを道端に置いて顔を上げる。
 冷たい風がすり抜けた。刹那――、黄色い川が、瞬く間に白く凍りついた。
「何だ、これは! 川がいっぺんに凍ったぞ!」
「妖術だ! 川の魔物の仕業に違いない!」
「馬鹿な! 黄帝様の川に魔物など棲むものか!」
 そこかしこで事態を眺めていた者たちの口から、驚愕と懼れの怒号が放たれた。
 ――まさか。
 索冥は、ハッとして傍らの雪蘭へと視線を向けた。
 雪蘭の赫い唇からは、霧のように冷たい冷気が吐き出されている。
「よせ――」
 索冥は言い、それでも、雪蘭にその理由を問うことはしなかった。何しろ、周囲に集まる人々の声を聞くまでもなく、子供の様子の方が気になっていたのだから。
「早く助けないと、子供が凍え死んじまう!」
「誰か、お願いだ! 子供を氷の魔物から助けてくれ!」
 悲鳴のような声が上がった。
「駄目だ! 近づくとこっちまで凍っちまう!」
 言葉の通り、その川を覆う氷に近づくだけで、足の下から動かなくなってしまうほどの、恐ろしい冷気が立ち上っていた。
 索冥の傍らに立つ雪蘭は、その光景を前にして、どうしていいのか判らないように、戸惑っていた。
 それを見る限りでは、子供を氷漬けにして殺すために、氷気を放ったわけではないのだろう。――いや、そんなことは判っている。虞氏に尋ねるまでもなく。
 恐らく彼女は、流される子供を助けたい一心で、川に氷を張ったのだ。これ以上、川下に流され、完全に川の底に沈んでしまわないように、と。
 だが、彼女が放った力では、川を流れる水だけでなく、子供の命さえも奪ってしまう。
「虞氏の屋敷に戻るか、山に戻れ」
 索冥は言うと、頭からかぶる布を外し、白麒麟の姿になり変わった。
 枝分かれした二本の角と、雪よりもさらに白い純白の鬣、体を覆う鱗は真珠のような光沢を持ち、目映い光に包まれている。
「索冥さまじゃ!」
「索冥さまが助けてくださる!」
 周囲にいた者たちが、一同に歓喜の声を上げた。
 彼女は――雪蘭は、この民たちの声の違いを、どう感じているのだろうか。
 雪蘭も、あの子供を助けようとしていた。
 索冥もまた、同じである。
 それなのに……。
 どちらも同じことをしようとしているのに、彼女の魔性の力は、悪い方へと働いてしまう。
 だとしたら、彼女は何故、そんな風に生まれついてしまったのだろうか。
 他人を愛する心を持つ者に、魔性のさがが与えられたのは、何故だったのだろうか。
 いっそ、身も心も魔性でしかない生き物であったのなら……。
 索冥が一駆けで子供の元へと空を渡り、その襟首をくわえて固い蹄で氷を割ると、さらに民たちの歓声が上がった。
 子供は……。
 川を瞬時に凍らせるほどの、強い魔氷の気であったのだ。体を温め、息を吹き返すかどうかは賭けだろう。
 彼女のためにも、助かればいいのだが……。


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