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十八夜 黄玉芝(こうぎょくし)の記憶
十八夜 黄玉芝の記憶 3
しおりを挟む蓬莱山を中腹まで下ると、断崖の裂け目のような、細く薄暗い洞穴がある。もちろん光は内部に差し込まず、少し奥に進むだけで真っ暗になる。
だが、そんなことは夜の一族である舜には何の障害にもならない。それどころか、肌を陽に焼かれずに済んで、心地良い限りである。
無論、常人には進むことさえ困難で、けっして平らではない足元は、明かりがなければ怪我をするだけの道程だろう。
加えてここは、蓬莱山の頂のように真っ白ではなく、普通の生きた岩肌の色――土よりも岩石めいた濃い灰色をしていた。
奥に進むに連れて、水の匂いが濃くなっていく。
夜の一族は、嗅覚も人間よりずっと優れているのである。
肌に感じる湿気も、どんどん濃度を増しているようで――。
奥にかなりの量の水があることは確かだった。
足元に苔が見られるようになり、それがわずかに発光している。
「だ、大丈夫かなぁ……? 幽霊とか蛇女とか出ないかなぁ……?」
今まで洞窟では酷い目にあって来ているデューイが、心細げに呟いた。どうやら、自分が吸血鬼であるという自覚は未だにないらしい。
「こいつは絶対、心を病まないタイプだな」
舜が言うと、
「そこだ」
後ろを歩く索冥が言った。
なぜ後ろを歩いているのかというと、本人いわく、案内ではなく、舜とデューイが何か余計なことをしないか監視役として付いて来ているからだ、という。
割と融通が効かない少年――麒麟なのだ。
そして、索冥に言われるまでもなく、圧倒的な水の気配と、開けた空間、その中心に仄かに輝く金属のような芝の存在には、舜もすでに気付いていた。
それは、洞窟に広がる湖の中心――水に浮かぶ島の上に、静かに呼吸するように生えていた。
黄玉芝――。
車馬の形の上芝と、人の形の中芝、下芝は馬、牛、羊、豚、犬、鶏という六種の家畜の形をし、車には雨や日差しを避けるための蓋がある。
島を取り囲む水はどこまでも澄み、まるで、その神芝を育むためだけにここを満たしているようでもある。
「あれか……」
舜は言った。――が、水は大の苦手である。吸血鬼が流れる水を嫌うのは誰もが知るところだが、流れていなくても、こんな澄んだきれいな水は、近寄りがたい。
「採って来てくれよ、索冥」
そんな風に、傍らの白麒麟を頼ったのも仕方のないことだっただろう。
だが、この白麒麟、融通が利かないのである。しかも、黄帝のことすら呼び捨てにするくらいの孤高の存在であるため(舜は全くそう思っていないが)、誰かの言う通りにするなどあり得ない。
ギロっと睨み、
「自分で採れ。おまえのものなら採れるはずだ」
と、冷たい返事。
もちろん、これには黙っていられない。
「はあああっ? 虞氏って奴には採って、持って行ってやったんだろ?」
「……。あれは、虞氏のために生えた黄玉芝だったからだ」
「どこかに名前が書いてあるのか?」
「どう見てもおまえには必要ないだろ?」
「そんなの判らないだろっ! 今、オレが来た時に生えてるってことは、オレのものなんだよ」
「なら、自分で採れ」
「このドケチ!」
麒麟にドケチと吐けるこの少年は、やはり、帝王の器なのかも知れない。
「じゃあ、デューイ――」
早々に前言撤回しよう。ただ我儘なだけである。
「だっ、ダメだよ、舜! この体が水に解けたら、もう一生湖の底に沈んだまま出て来られないよ!」
悲愴なデューイの訴えは、もっともである。
「仕方がないなぁ」
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