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十八夜 黄玉芝(こうぎょくし)の記憶
十八夜 黄玉芝の記憶 1
しおりを挟むそこは、海のように青みがかった雲海に浮かぶ、険しく聳える岩山だった。
大海に浮かぶ孤島のように、それ以外は何も見当たらない。
岩肌や木々は様々な濃度の白で彩られ、明黄色の瓦屋根だけが、黄金色にきらめいている。色と言えば、その瓦屋根だけで、ここでは土も岩も草も木々も、何もかもが生命とは無縁の『白』だった。
蓬莱山――。
その何の生命も育たない頂に、唯一色を持って佇む蛟龍宮には、世にも美しい瑞獣たちが、いた。
赤麒麟の、炎駒。
黄麒麟の、黄麟。
青麒麟の、聳弧。
白麒麟の、索冥。
黒麒麟の、角端。
蛟龍宮の中にいる角端を除いて、四人が今、宮殿の前の白い階段に思い思いに腰をかけ、或いは柱に凭れ、一人の少年を前にしていた。
麒麟、と呼ばれる彼らに勝るとも劣らない、神秘的な容貌を持つ少年である。歳の頃は十七、八歳であろうか。夜を映し出したような黒髪と、闇の中でも尚暗く潜む黒瞳は、彼らの一族特有の蒼白い肌に嵌め込まれた宝石のようでもある。
しかし、性格の方は……。
「なぁ、ここにあるんだろ黄玉芝、とかいう草?」
少年らしい馴れ馴れしい口調で、居並ぶ麒麟たちに敬意を払うでもなく、問いかける。
「――あったっけ?」
赤く長い髪を束ねた青年の姿の麒麟、炎駒が、面倒くさそうに、隣で頬杖を突く黄麟に訊いた。何しろ、この金の髪を持つ美しい黄麒麟は、ここにいる麒麟たちの中で、一番長く目醒めている麒麟の一人なのだから。
「そうね、あったかもね」
黄麟はそういうと、意地悪そうに、クスリ、と笑った。
「どっちなんだよ!」
相変わらずの不躾な口調で、黄麟を睨みつける少年に、
「駄目だよ、舜! 人にモノを尋ねる時には、それなりの礼を尽くさないと」
と、どこからともなく、常識的な助言が聞こえた。
霧散すると細か過ぎて不可視だが、今はアクリルで出来たブタの貯金箱の中に入っているため、その青年の姿は、薄いサーモンピンクの色越しに、灰の姿として見て取れた。
デューイ・マクレー――十年程前まで、ただのアメリカ人青年だったが、今は舜と同じ一族の者に咬まれたり、殺されたりして、この灰の姿である。
そして、舜の一族とは――。
「死に切れない一族のおチビさんが、どうして黄玉芝を探しているのかしら?」
どう見ても同い年くらいにしか見えない青麒麟の聳弧が、頭を撫でる。
死に切れない一族――。それが、舜やデューイが背負っている宿命の呼び名である。
吸血鬼――。
人は、そんな陳腐な名で、彼らのことを呼ぶかも知れない。
だが、本当の彼らは、血を啜る不死の化け物ではなく、永遠に癒されることのない喉の渇きに苛まれながら、死ぬことも出来ない憐れな生き物なのだ。
そして、そんな少年が欲している黄玉芝とは――。
「おまえ、杭さえ打ち込まれなきゃ、黄玉芝なんか要らないだろ?」
何しろ、黄玉芝は、不死の草と云われる通り、昇仙を望むものが身を削り、命を削って探し求める神芝なのである。
ぶっきらぼうな口調でそう言ったのは、白麒麟の索冥である。こちらは、舜とは対照的な、雪よりもまだ白い純白の髪と、光に透けると灰色になる黒瞳をしている。
姿だけは舜と変わりない少年に見えるが、ここにいる麒麟の誰もが、見た目通りの齢(よわい)ではない。
「――っていうか、何でおまえがここに来るんだよ? ここはおまえが出入りできるような処じゃないぞ」
この蓬莱山にある蛟龍宮に出入りできるのは、瑞獣たる麒麟と、帝王のみ――。
無論、その少年が帝王だと云うのなら、なんの不思議もないのだが。
「あら、まだ確信がないの?」
意外そうに、聳弧が訊いた。
「こいつが何を成し遂げる、って云うんだよ?」
「全ての帝王が本懐を遂げるわけではないわ」
「まあ、そうだな。志半ばで倒れる帝王の方が遥かに多い」
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