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十七夜 憑き物の巣
十七夜 憑き物の巣 31
しおりを挟む「オレの力だぞ! 返せよ――っていうか、オレに何の術をかけたんだよ!」
それが判らなければ、このまま力を奪われ続けるだけで、赤眼も氷気も使えない。
「ふふ……。言ったであろう? 魔物同士の戦いは、食うか喰われるかしかないのじゃ、と――。弱いものは喰われるのが常じゃ」
「……」
確かに以前、そんな台詞を聞いたような気がする。もちろん、本当に喰われるとは思ってもいなかったが。
「だから言ってあげたでしょう、舜くん。背中に何かついていますよ、と」
この黄帝の言葉には、ぐうの音も出ない。
確かに黄帝は、舜が出掛ける時にそう言ったし、その言葉を無視したのは、間違いなく舜の方だったのだから。
「クソォッ! あの背中についてた狐の抜け毛か!」
だからこそ、真綾の話を聞いて団地に戻ろうとしていたあの時も、玉藻御前は『狐憑き』という自分に関する言葉を聞いて、タイムリーに舜の背中に現れることが出来たのである。
今更ながら、舜は上着を脱いで、その背中を確かめた。
だが――。
「いつまでもそんな目立つところにつけておくはずがないであろう」
何とも涼しげな玉藻御前の声。
何よりもっともな言葉である。
「どこに行ったんだ?」
くるくると自分の体を見回すが、あんな細い狐の毛など、そう簡単には見つからない。せめてもっと鼻が利けば――いや、この御殿は彼女の匂いで一杯なのだから、もし鼻が利いたとしても、役に立たないに違いない。
「クソッ」
何度目かの悪態をつき――。
――あの抜け毛を見つけられない限り、これからも力は使えないままで――使おうとすると、その力を玉藻御前に食われ続けることになってしまう。
そう思うと落ち込んだが、憤慨しまくって考える――と、
「あの、舜――。僕ならきっと探せると思うけど……」
舜の役に立てる嬉しさに混じえて、他の感情も忍び込ませながら、デューイが言った。――いや、他の感情とは、決して下心のことなどではない。舜に下心がないことを信じてもらえないかも知れない、という純粋な懼れである。
そして、舜は、といえば……。その懼れ通りに灰の姿のデューイを睨み、
「これ幸いに、体中を触りまくるつもりだな?」
「舜! 僕はそんなことなんか考えても――。いや、考えたけど、それは君がそう勘繰るんじゃないか、ってことで、僕は本当にこれっぽっちも――」
何かと正直過ぎる青年なのである。
「まあ、デューイさん。舜くんが力を喰われ続けても構わない、というのですから、そんなことはもう忘れて、一緒に芝居を楽しみませんか? 面白いですよ、この桃太郎」
「……」
この父親には、もっと親身に、力を喰われ続ける息子の体を案じて欲しい。
この先、力が使えないのでは、後継者教育にも響くと思うのだが……。
「移りゆく時代の中で、どんな力を持っていたとしても感じ取れない不可解なモノは生まれてしまうものです。特に、人がたくさん集まる場所というのは、邪気が集う。新しい魔物の誕生を見る機会など、そうあることではありません」
「新しい魔物?」
「魔物は古きモノばかりとは限らないのですよ。天からも地からも人からも生み出されるのが、魔物――。まだ誰も知らない魔物が生まれることだってあるのです」
全てを見透かすような眼差しで、黄帝は言った。
もし、そんなモノが生まれているのだとしたら――。
「それは、どうやって見つけて倒すのですか?」
デューイが訊いた。
「いずれ、そういうモノたちの存在を感じ取り、滅ぼす者が現れるのが世の決まりです。それまで気長に待ちましょう」
「は、はあ……」
気長に待ちましょう、と言われても、そんな得体の知れない魔物が跋扈していても気にならないのだろうか、この御方は。
「見出せなくては滅ぼすことも出来ないのですから、取り敢えずは見えているモノを何とかするのが先決でしょう」
もちろんそれはそうだろうが、ひょっとしたら、黄帝にはこの場にいて尚、誰にも見えないモノの正体を見、感じることが出来ているのではないだろうか。
そう思えた。
「クソッ、また厭味か」
聞こえるか聞こえないかの声で、舜は言った。
「ふふ。魔物の世界は命の取り合い。――出来得るものなら、そなたの力も喰ろうてみたいものじゃなぁ、のう、黄帝殿」
黄帝に流し目を送りながら、玉藻御前が胸元の筥迫から一粒の宝石をうっとりと取り出す。
氷のように冷たく輝く石である。
艶やかな唇が吸い込むように――さも美味しそうにそれを喰らった。
「あ――っ! オレの力!」
「ふふ……。これもまた美味じゃて」
この後、舜がデューイに頼んで、玉藻御前の分身――狐の抜け毛を探してもらったのかどうかは、皆さまのご想像にお任せするとして――。
日本での黄帝と碧雲の真珠婚式は、玉藻御前の大層なおもてなしの中、恙なく過ぎて行ったのであった……。
「新しい魔物の誕生劇の観覧とは、如何にもあなたらしい趣向――。いい真珠婚式になりました」
「そうであろう? 妾一人で見物するのももったいない気がしてのう」
「同感です」
「したが、先に取り憑いていた女の生霊を喰らって、さらに女の体を別の人間に殺させ、自らの呪縛を解くとは、たちが悪い」
「だからこそ、解き放ちたかったのでしょう、この世界に」
「ククク……っ。これも、長きを生きるモノの楽しみの一つじゃて」
誰もいなくなった暗い部屋に、ポゥ、と白い光が浮かび上がった。
純粋無垢な白い天使が、透き通るような瞳を輝かせている。
勝ち誇ったような笑みを浮かべて――。
『ありがとう、祐樹、あいつを殺してくれて……。これで私は、もう自由よ……』
《 世界の果てにあるという東の島に、力無き帝王が降り立つとき、人の手により、新たな魔物が生まれるだろう…… 》
――黄帝――
了
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