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十七夜 憑き物の巣
十七夜 憑き物の巣 29
しおりを挟む隣の部屋の女が救急車に乗せられて運ばれて行き、部屋には流れ落ちた血痕だけが残っていた。
舜とデューイ、玉藻御前の三人は、もちろん直前に部屋を出ていて、離れたところからその様子を眺めていたのである。
残った祐樹は警察官を前に半狂乱になっていた。
ゲームを中断させられたせいである。
「ぼくの『らら』に触るなあああ――っ!」
恐らく、現場検証が終わったら、そのPCも警察に押収されることになるのだろう。祐樹が『ゲームの中の天使に、悪魔を殺すように言われた』と話す限り。
「でも、刺されたあの人の話じゃ、ゲームの中の天使は、そんな人殺しを唆(そそのか)すようにプログラムされてなかったみたいだけど……」
救急車で搬送された女の言葉を思い出しながらデューイが言うと、
「そうじゃなぁ。あの女も『自分を殺すように』というような台詞は、ゲームの中に割り込ませまい」
と、玉藻御前も同意のご様子。
「ただ、あいつの頭がおかしいだけだろ」
この舜の言葉が、一番納得しやすかったに違いない。
「でも、まさか、本当にあのゲームには何かが取り憑いていたんじゃ――」
「馬鹿馬鹿しい。あいつの妄想に決まってるだろ。大体、あんな機械の箱に何が取り憑くって言うんだよ?」
「それは……」
やはり、九尾の狐が一番妖しい。――いや、怪しい。
「くどいっ! 妾は取り憑いておらぬ!」
「すっ、すみません」
なら、玉藻御前は何故、あの時、タイミングよく舜の背中に出て来たのだろうか。
それを深く考える前に、見覚えのある人影が団地の階段を駆け上がって行くのが、向かいの棟の屋上から見えた。
「あれって……」
「真綾だな」
きっと、心配で戻って来たのだろう。
さっさと見捨てていれば、恋人のこんな姿など見ずに済んだだろうに。
それとも、これでやっと踏ん切りがつくのだろうか。
警察官に止められていたが、知り合いであることを告げたのか、追い払われることはなかったようで……。
「今、彼の母親は入院中で――」
家族の行方が判ったことに安堵した警官から、他にもあれこれ聞かれている様子だった。
そして――。
「祐樹……?」
最早正気とは思えない、さっきまでの恋人の姿を前にして、茫然としている。
「真綾っ! 真綾、何か言ってやってくれよ! 僕がせっかく《熾天使》にした『らら』を、こいつらは――っ。あの悪魔が悪いんだ! わかってくれるだろ、真綾?」
徐々に悪くなっていた病が、ある時を境に一気に悪化してしまうとすれば、彼にとって、まさに今がその時であったに違いない。
真綾は最早何の言葉もかけてあげることが出来ない現実と、変わり果てた祐樹の姿に、ただただショックを受けているようだった。
この後、彼らはどうなってしまうのだろうか。
いや、それは、秘境で暮らす魔物でしかない舜たちには、もう関係のないことなのかも知れない。
「そろそろ行こうかえ?」
人の世界の法によって片付けられようとしている現実を前に、玉藻御前が言った。
「結局、魔物が何処にいたのかさえ見つけられなかったな」
――魔物退治屋、などという貼り紙を出していたというのに。
ポケットの中の千円札を握り締めて舜が言うと、
「お金、返しに行くなら付き合うよ」
デューイが言った。
やはり、依頼をこなせなかったのではもらい辛いだろう――と、思ったのだが、この少年にそんな神妙な心が通じるはずもなく――。ポケットの中の千円札をさらに強く握り締めると、
「こんなに目一杯走りまわされたのに、誰がっ!」
まあ、額も額だし、本来なら手付金にもならないようなものなのだから……ここは大目に見るとしよう。
少なくとも、祐樹の尻をひっぱたいて、母親の入院道具を揃えた働きは、千円札一枚では足りないくらいだ。
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