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十七夜 憑き物の巣

十七夜 憑き物の巣 27

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「血の匂いがする……」
 雀川団地に足を踏み入れ、舜は、たった今流されたばかりの新鮮な血の匂いに、眉を顰めた。
 たとえ嗅覚が落ちていても、吸血鬼という種族柄、血の匂いには敏感である。
「まさか、あの部屋からじゃ……」
「行くぞ!」
 デューイの危惧を聞くまでもなく、舜は祐樹の部屋へと駆け出していた。
 何が起こったのかは解らないが、これだけ大量の血の匂いがするのは、尋常ではない。
 そして、何故、血が流れなくてはならないのかも、解らない。
 全速力で団地内を駆け抜ける中、いつもは感じない脱力感が付きまとう。
 それを感じてか、
「――舜?」
 デューイが心配そうに鼓膜を揺らした。
「クソっ! 絶対、あいつの仕業だ」
 もちろん『あいつ』とは、言うまでもないが、黄帝のことである。今頃は玉藻御前のお屋敷で、熊相撲でも観戦しているに違いない。――イタチレースだっただろうか。
 まあ、そんなことはどうでもいい。
 ――いや、ふと思い当たった厭な予感が、ひとつ。
「まさか、あいつ『狐憑き』じゃないよな?」
 今回の招待主の本性に、強い疑いのまなこを向けながら、舜は言った。
「そ、そういえば、あの尋常じゃない何かに取り憑かれたような姿は……」
 ここは珍しくデューイも同意して(いつもは、黄帝の知り合いは、無条件に『素晴らしい人』という価値観になるのだが)、今回の出来事の黒幕らしき魔物の姿を思い浮かべたのである。――いや、世にも美しい、と言った方がいいか。
 すると――。
「それは、わらわのことかえ?」
 どこから降って涌いたのか――いや、失礼。どこからお出ましになったのか、走る舜の背中には、妖艶な襟足を掻取の襟から覗かせる、絶世の美女が取り憑いていた。――いや、またまた失礼。おぶさっていた。
「うわあああっ! 申し訳ありません! 申し訳ありませんっ!」
 驚きの余り、即座に謝ったのは、デューイである。
「……取り憑く相手が違うだろ」
 は、舜。
 目を細めて、不満をありありと映し出す。
「相手を間違えてなどおらぬぞ。妾があのような下賤の者に取り憑くとでも思うていたかえ?」
 玉藻御前も不満げだ。
「うーん、そう言われると、説得力あるなぁ……」
 あんな変態趣味のゲームオタクに、この高貴なお方が取り憑くとは思えない。
「なら、あいつがおかしいのは『狐憑き』のせいじゃないのか」
「我ら魔物よりも不可解で愚かなものが、人間じゃ」
「――で、どっから涌いたんだ?」
 その舜の問いには、
「そんな呑気な話をしている場合ではなかろう」
「あ、そうだった」
 すっかり忘れかけていた本題を思い出し、舜は再び祐樹の住む棟に駆け出した。
 やはり、あの惚けた青年の息子である。緊張感は望めない。
 そして、瞬く間に、溢れる鮮血の匂いのする部屋に着いたのだが……。


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