華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

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十七夜 憑き物の巣

十七夜 憑き物の巣 21

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「今、誰か喋った……?」
 いや、もちろん、ゲームの音声なのだろう。
 ――あなたね、私と祐樹の邪魔をするのは?
 ゲームの中の『らら』は、そう言った。
 天使であるのに、天使とは思えない恨めしげな眼差しで。
 真綾を睨み、呪詛でも吐くような憎しみの声で。
「――まさか」
 そんなはずはない。これはただのゲームなのだ。ゲームの中のキャラクターが現実の人間を恨んだり憎んだりするはずがないし、勝手に喋り出したりするはずもない。
 いや、音声認識機能があるのだから、その設定の通りの台詞を喋っているだけなのかも知れない。
 だが……。
 ――なんだか、気味が悪い。
 まるで、このPCの中の『らら』が、本当に現実に生きているようで。
 今にもPCから這い出て来て、真綾の首を絞めそうで。
「まさか、ね」
 口に出して言ってみても、その得体の知れない不安は消えなかった。――いや、消し去ることも出来ない内に、また『らら』が喋ったのだ。
「……祐樹は私だけのモノよ」
 勝ち誇ったような、満足げな笑みを浮かべている。
 きっとこれもゲームの設定なのだ。きっとそうに違いない。
 今、真綾が口に出して「まさか」と言ったために、その音声に反応したのだ。祐樹の声ではない別の声に。
 だが、それでも……。
 それでも真綾の足はガタガタと震え、手のひらには汗が滲んでいた。
 PCを壊してしまおうかとも思ったが、恐ろしくてそんなことなど出来なかった。
 もちろん、手が届く位置に近づくことも出来なかった。
 そんな位置に立ったら、PCの中から『らら』がその白い手を突き出して、真綾の腕をつかみ取るのではないか――。PCの中に引きずり込もうとするのではないか――。そんな怖ろしい妄想も芽生えていた。
 もう口を開いて声を出すことも出来なかった。
 真綾は部屋を飛び出して、振り返る勇気もないままに、一直線にバス停への道を駆け出した。
 カーテンの閉じられた団地の一室からは、その真綾の背中を見据える人影があった……。




「おや、それはまた比類なき美しさの輝石ですねェ」
 狸太鼓や狐の舞いにもてなされる中、玉藻御前が手にする宝玉を見て、黄帝は言った。
 この青年の姿の美しい人外、言葉は褒めているというのに、表情だけ見ると真意が読めない。
 何より、その透き通る輝きの宝玉より数段美しいのが、この銀色の青年である。
 言葉通りに受け取って良いものや否や。
 玉藻御前は白い指先で赫石を摘み、笑みだけを返して、口に含んだ。そして、
「そなたらも食してみるかえ? 舌の上で甘美に蕩ける」
 と、意味深な眼差しを持ち上げる。
 もちろん、その輝石が何であるのか、双方知っているに違いない。
 黄帝は笑っただけだった。
 傍らの碧雲も、また同じ。
「相も変わらず喰えぬ二人よ」
 玉藻御前は肩を竦めた。
 雅やかな宴の膳には目もくれず、艶やかに着崩した京友禅の胸元の筥迫(はこせこ)から、また次の輝石を取り出して、舌に乗せる。
 同じ友禅でも、武家たる加賀の地で染め上げられた加賀友禅よりも、公家である京の都で染め上げられた京友禅は華やかで、花々には金の縁取りが施されている。
「最近は『不景気』とやらで、昔のように宝石や着物を貢いでくれる殿方もめっきり減って、今日は久々の馳走よ。あの泡沫の日々が懐かしいこと……」
 遠い日のきらびやかな日々に想いを馳せるよう、玉藻御前は言った。
 もちろん、長きを生きて来た彼女たちには、ほんのついこの間の事なのかも知れないが。
「泡は所詮、泡。だから、すぐに弾けて消えてしまうのですよ」
 数十年前の日本のバブル事情を皮肉るように、黄帝がいつものように、のんびりとした口調で瞳を細める。
 刹那に消える泡のように――彼には人も、国も、時代さえも、刹那のものなのかも知れない。
「やはり、消えぬものは、そなたと、そなたの息子の輝き……」


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