華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

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十七夜 憑き物の巣

十七夜 憑き物の巣 15

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 そんな訳で、舜とデューイは三度みたび、あの団地の祐樹の部屋に訪れていた。またしてもデューイがコッソリ鍵を開け、静かに中へと入ったのである。
 家の中は真っ暗だったが、それは夜の一族たる舜とデューイには障害にならない。
 そして、奥にある祐樹の部屋からは、人がいることを示すように、ドアの隙間から薄い光が漏れ出していた。
 もちろん、そんな明かりを見なくとも、舜とデューイには人がいることは判っていたが。
 ……声が聞こえる。
 恐らく、ゲームの中の天使とでも話しているのだろう。
「じゃ、さっさと催眠術でIDとPASSを訊いて終わらせよう」
 舜が言うと、
「あ、あの、舜――。なんか、中の声が変なんだけど……」
 不安げな声で、デューイが言う。
「変?」
 耳を澄ますと、苦痛を堪えるような、くぐもった呻きが聞こえて来る。
 荒い息遣い。
 途切れる呼吸。
 詰まる声――。
「まさか、自殺……?」
 母親が倒れ、一人になった喪失感と絶望で、殺虫剤でも飲んだとか――。
「いくぞ!」
「ああ」
 二人は、当初の計画とは全く違った――忍び込んで催眠術をかけるのではなく、今にも死にそうに苦しむ祐樹を助けるために、ドアを壊しかねない勢いで、祐樹の部屋へと踏み込んだ。
 相変わらず乱雑で、TVや棚の上には埃が積もっていたが、二人の目に飛び込んで来たのは、そんなものではなかった。
 明るく輝くPCの画面と、その前に裸で横たわる祐樹の姿――。
 全裸で、下着さえも身につけてはいない。
 その手足には手錠がかけられ、目と口にはガムテープが貼られている。一応、塞がれているのは目と口だけだが、風邪でも引いて鼻が詰まっていたりしたら、呼吸さえ危うい状況である。
 何より――。
「……何だ? こいつ、こういう趣味なのか?」
 涙ぐみながらも、欲情して果てたあとを体と床に残す祐樹の姿は、憐れさよりも、目を細めたくなるような、情けなく不格好なものだったのだ。
 きっと自分で目と口にガムテープを貼り、両手両足に手錠をかけ、エスカレートした行為に走っていたのだろうが。
 他に誰もいない部屋を見渡し――いや、見渡すまでもなく、一目見ただけで確認できる。
 誰かに目と口を塞がれ、両手両足を拘束されたのではないとすると、祐樹が自分でやったとしか思えない。
 まあ、人の趣味はそれぞれで、その趣味をとやかく言うつもりはないのだが……。もちろんそれには、舜の身に被害が及ばない限り、という但し書きが付く。――いや、これは決してデューイの性癖を皮肉っているわけではない。多分。
「えーと、まあ、こういうことは本当に趣味嗜好の問題だから……」
 手を出して良いものやら、放っておいた方がいいのやら……。
 当の祐樹は、といえば、いきなり知らない二人組――いや、祐樹の目にはガムテープが貼られているので、舜の声が聞こえているだけなのだが――そんな知らない人間が部屋に入り込んで来たものだから、当然のことながら驚いている。
 同時に、逃げようとしてか、隠れようとしてか、身を起しかけたが、両手両足が拘束状態のため、無様に顔から突っ伏した。
「うーっ……!」
 ガムテープで喋れないこともあって、呆れかえるほどにみっともない。
「触るの厭だし、このまま放って帰ろうか?」
 舜は言ったが、
「それはダメだって。もうお金ももらってるし、厭なこともしないといけないのが仕事なんだ」
 さすがに元人間のデューイは、良識がある。
 仕事とは、そんな無責任なことではいけないのだ。たとえ、たった千円の仕事でも……。
「うわああっ! 目と口のガムテープを剥がしてあげようと思ったら、体がくっついたあああっ――!」
「……」
 さっきの『さすが』という言葉は撤回しよう。この青年に限っては、褒めた途端に裏目に出る。
 今も、微細な灰の体が、剥がしたガムテープにびっしりとくっつき、最早自力では剥がせなくなっている。
 わずかな救いは、それがデューイの体の全てではない、ということくらいで……。
「オレの仕事を増やすなよ」
 と言ったものの、舜がやってもガムテープに貼りついたデューイの体は剥がれそうにない。何しろ、力で何とかなる、という代物でもないのだ。
「うーん……。もう面倒くさいから、そのままでいろよ」
「舜――っ!」
 泣くしかない。
「仕方がないだろ」
 そんな風に二人が言い合っていると、目と口からガムテープを剥がしてもらった祐樹が、
「お、おまえも僕を穢しに来たのか……っ!」
 震える声で、怖々と言った。
 涙でうるんだ情けない目と(これは多分にガムテープを剥がしたためでもあっただろう)、ガタガタと小刻みに震える体では、迫力など全くない。加えて、蚊の鳴くような小さな声であったため、舜やデューイの動物的な聴覚でもなければ、聞き取れなかったに違いない。
 つまり、これが普通の人間の前だったとしたら、祐樹は何も喋っていなかったのと同じなのである。
 だが『僕を穢しに来た』とは、一体……。
「おまえの他に、ここに誰かいたのか?」


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